「大阪人=阪神ファン」のイメージと現実
熱狂の傍らに少数派
通天閣、グリコの看板、そして阪神タイガース――。そんなイメージに、自分も「大阪人はみんな阪神ファン」と思っていた。だが、取材先に話題を振っても「野球は嫌いやないけどなあ……」「阪神は兵庫の球団やろ」と言葉を濁されることも。訳を聞いてみると、大阪の野球ファンの複雑な思いが見えてきた。
「連覇だ!」。10月29日、大阪・ミナミの道頓堀の一角にあるスポーツバー「難波のあぶさん」。約80人が福岡ソフトバンクホークスの日本シリーズ優勝に涙を流して喜んだ。「南海もこれほど強ければ身売りの必要はなかったのに」。力説するオーナーの武知義一さん(62)は、「南海ホークス大阪応援会」が母体の「福岡ソフトバンクホークス関西応援会」の前会長だ。
ホークスは50年間、大阪に本拠地を置いたが1988年、福岡へ移転。30年近くがたっても大阪には根強いファンがおり、昨年優勝を決めた夜には、同店の客らが大阪球場跡地に建つ「なんばパークス」まで歩き、高らかに応援歌を歌ったという。
大阪府枚方市出身のタレント、森脇健児さん(48)も根強いホークスファン。小学生のころは大阪球場で聞くおっちゃんたちのユーモアあふれるヤジが楽しみだった。「敵チームの梅田選手に『梅田が難波でウロウロすんなー』とか、笑えるやろ。阪神?いや、僕はホークス一筋」
実は森脇さんのような人は多いらしい。大阪の野球文化に詳しい永井良和・関西大学教授(55)は「初めから『阪神ファン』と言える人は幸せだと思う。大阪の野球ファンは多くが球団に裏切られてきたから」と話す。関西にはかつて4球団があり、熱心なファンが今でもいる。
意外なのが東北楽天ゴールデンイーグルス。「ファンは関東などより多いのでは」と話すのは楽天の応援団「関西荒鷲会」の福井貴大団長(23)だ。2004年に近鉄がオリックスと統合した際、人気選手の移籍に伴い元近鉄ファンが楽天に流れたという。
とはいえ、大阪の一番人気はやっぱり阪神。中央調査社(東京・中央)が今年7月実施した「一番好きなプロ野球チーム」の調査では、近畿地方の45.3%が「阪神」と回答した。続く巨人(15.6%)を大きく引き離し、京都なども含むことを考えればかなり多いといえそうだ。
そのわけを永井教授は、50年のセ・パ2リーグ制の導入に遡る。ほか3球団がパに加入したため、阪神はセ唯一の関西球団に。東京の巨人と戦う姿が注目され、大阪経済の停滞が目立ち始めた60年代後半からは、「鬱屈した思いを野球で晴らすようになった」。さらに80年代以降は球団再編が加速、阪急や近鉄は球団名などの変遷に伴いファンが離れる一方で、阪神は経営も本拠地も70年以上不変。かつて「大阪タイガース」との名称だった歴史もあり、大阪のファンも引き寄せた。
「阪神が優勝したときの経済効果は約600億円で、他球団の2倍以上」とはじくのは、宮本勝浩・関西大名誉教授(70)。「阪神ファンでなくても関西全体が盛り上がるのは間違いない」と太鼓判を押す。確かに野球好きでなくても阪神に期待する人は多く、街では「阪神優勝のセールが楽しみ」(大阪市東住吉区の55歳主婦)との声も聞かれた。阪神が勝ち進み、大阪が盛り上がる――大阪の野球ファンの複雑な思いをかみしめつつ、一度はそんな瞬間に立ち会ってみたい。
(大阪社会部 大西康平)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。