予想の7割当てろ 宿沢さんに学んだ女性エコノミストマーケットエコノミストの極意(1)

故・宿沢広朗さんから「予想を7割当てられないなら調査の仕事はいらない」と覚悟を問われた
故・宿沢広朗さんから「予想を7割当てられないなら調査の仕事はいらない」と覚悟を問われた

金融機関にはマーケットエコノミストなど「マーケット」にこだわる専門家がいる。ディーリングの世界で修羅場をくぐり抜けるなど現場経験の豊富さを武器に顧客の信用を得ている。「マーケットエコノミストの極意」では、そんなスペシャリストたちに相場に向き合う心構えや、調査・分析のノウハウを培う手法を聞く。第一回は大和証券・チーフマーケットエコノミストの岩下真理氏。岩下氏は先輩ディーラーに厳しい指導を受け、勝ちにこだわる姿勢の大切さを学んだという(以下談)。

宿沢広朗氏との出会いとVaRショック

ディーリングの現場には早くから接点を持ち、厳しく教えてもらった。とりわけ2001年、日本ラグビー協会の幹部とディーリング部門の責任者との「二足のわらじ」を履いた故・宿沢広朗氏(当時は三井住友銀行の市場営業統括部長)との出会いは忘れられない。

大和証券チーフマーケットエコノミストの岩下真理氏

「予想を7割当てられないなら調査の仕事はいらない」。最初の面談で、いきなり宿沢氏にそう言われた。7割というと、予測が難しいマーケットの世界で、3回に2回以上は当て続けなくてはならない。マーケットで生きる覚悟を問われていたのだろうが、当時は面食らった。

悔いが残る出来事を1つ挙げるとすれば03年の「VaRショック」だ。長期金利が当時の史上最低の水準である0.43%まで低下した後に一転、大きく上昇した事件だ。私は金利低下が行きすぎたとみて金利上昇のリスクを直感していた。だが運用現場を説得する力がまだなかった。

嫌な予感は現実となり、銀行の保有債券は価格下落によって損失をこうむった。後になって想定通りだったと主張しても通らない。自分のシナリオが収益を生み出すものだと運用者に信頼されなければ意味がないと痛感し、現在も戒めとしている。その経験が、顧客に納得してもらうためにアイデアを絞り出す源泉になった。

ヒット曲から経済情勢分析、手法を学ぶ

マーケットエコノミストとしての原点は1990年。さくら銀行(現三井住友銀行)で宅森昭吉氏(現三井住友アセットマネジメント・チーフエコノミスト)のアシスタントになって以降だ。当時はまだインターネットもない。霞が関や日銀に歩いて資料を取りに行き、情報収集と分析力を養った。

宅森氏は独特の発想で知られる。彼のもとで教科書的ではない、生きた経済を見る目を養った。廃棄される段ボールの量から景況感を探ったり、ヒット曲から経済情勢を分析したりする手法も学んだ。身近で幅広いデータから経済全体を捉えることが重要だと実感した。

比較の視点が新たな発見を生む

日々の市場予想ではあまり奇をてらった手法はとらない。イベントをチェックし、既に発表された統計など、国内総生産(GDP)の項目に関わる情報をアップデートする。中央銀行の金融政策だけでなく、ヘッジファンドの動向も相場を大きく揺さぶるので重要だ。

経済指標は統計を集めた時と、公表する時にどうしてもタイムラグが生じる。民間調査などいち早く景況感がつかめるデータをなるべく併用している。

分析をするときは、過去に似た状況があったか、日本固有の事象なのか、比較の視点を忘れないよう心がけている。例えば今が景気の回復局面だと判断しても、始まりか終わりかをきちんと捉えられなければ、的確な相場予想は難しい。それによって多くの人が気づかなかった新たな発見が生まれ、顧客の投資家に収益機会を提供できると考えている。

外れるぐらいなら潔く修正

マクロ経済の予想はだいたい前年の11月後半から作り、相場見通しは12月ぐらいにたてる。予想はこまめに見直す。ころころと節操なく変わるのはよくないが、外れるぐらいなら潔く修正すべきだ。常に最新の状況をキャッチアップしていたい。

見通しは見通しにすぎず、当てる必要はないとの声もあるだろう。だが当てようともがくことで新しいアイデアや物の見方を提供でき、取引のヒントになるかもしれない。いずれにせよマーケットエコノミストとして、早めに変化を伝えなければならないと思う。

大切なのは誰でも言えるような話をしないことだ。株式市場の相場格言に「人の行く裏に道あり花の山」という。本当にもうけよう、お客様に利益をあげてもらおうとするなら、他人の行かない道にあえて進む必要がある。

最近では皆の視線が米国の金融政策や長期金利の上昇に向かう中、ドイツ国債の利回りが低すぎると訴え続けた。その後、欧州中央銀行(ECB)が量的緩和政策の縮小を早める可能性が改めて意識され、ドイツでも長期金利が上昇しユーロ高を促したのはご承知の通りだ。相場のおかしな動きやゆがみは必ず修正される。そうしたところを注意深く探せば収益につながる。

「変化なし」を語っても役に立たない

マーケットエコノミストを名乗るうえで大事なのは、運用側の立場に立つことだろう。「日銀はずっと政策変更しないでしょう」。例えばそう語っているだけでは、仮にそれが正しくても何の役にも立たない。

足元のマイナス金利で運用に悩んでいる人の気持ちをくんで、何をどうすればよいかの示唆を含めて答えを出すように心がけている。そのために、顧客が何に関心を持っているのか、何に困っているのか、ご用聞きや探偵のように根掘り葉掘り聞くようにしている。

若手のころ、ディーラーやファンドマネジャーに「お前のおかげで何百万円も損した」と怒鳴られていた。その悔しさをバネに、相場の方向感を的確につかみ、予想を当てる力を高めて生き残ってきた。だからこそマーケットがわかるエコノミストを意味するマーケットエコノミストの肩書にプライドを持っている。

岩下真理
1988年慶大商卒、太陽神戸銀行(現三井住友銀行)入行。大和証券SMBCやSMBC日興証券、SMBCフレンド証券を経て、2018年1月1日付で大和証券に移った。日銀ウオッチャーとして知られる。

〔日経QUICKニュース(NQN)荒木望、編集委員 今晶〕

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