独立系運用会社、コモンズ投信会長の渋沢健氏の金言は「定額積み立て投資が原点」「心ときめく企業を選ぶ」だ。「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一から数えて5代目が語る投資の極意は、意外にも実体験に基づく肩肘張らない自然なスタイルだ。
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伝説のトレーダーとの出会い
1961年生まれ。銀行員だった父親の仕事の都合で少年時代の大半を米国で過ごした。テキサス大学を卒業後、MBAを取得。その後、飛び込んだJPモルガン銀行では伝説のトレーダーと呼ばれた藤巻健史氏(現参院議員)の下で、生き馬の目を抜くマーケットの世界の面白さを体験した。
バブル崩壊後の96年、米ヘッジファンドのムーア・キャピタル・マネジメントに移籍。個性的で情熱的な創業者と誰もが闊達に意見を交わすフラットな組織という日本にはない組織文化に触発され、起業家精神のDNAが刺激された。「ただ指示を待つのではなく、先読みして動くという習慣が身についた」。「間違いに気が付いたらすぐに損切りし、一方でいけると思ったらさらに資金をつぎ込む」という非情さも学んだ。
ドルコスト平均法の有効性
だが、2007年に共同創業したコモンズ投信のコンセプトは、「切った張った」のトレーダーやヘッジファンドの世界とは別なところに置いた。長期投資だ。
きっかけは00年の第1子誕生とともにはじめた株価指数連動型投資信託の定額積み立てだ。「ドルコスト平均法」とも呼ばれる。例えば、株式投信などに毎月一万円ずつ自動的に投資する。株価が上がれば1回当たりの投資口数は減るが、下がれば逆に増えるため、取得コストを長期的に平準化することができるというやり方だ。
投資を始めて間もない03年に日経平均株価は7000円台に下落したが、「普通なら落ち込むはずだが、そのときの気持ちは『ラッキー』だった。知らないうちに投資口数が増え、こんな楽な投資があるのかと驚いた」。この時の投資は今も続けているという。
投資判断に生きる道徳経済合一
コモンズ投信で投資する銘柄は「持続的に価値を生み出し、世代を越えて存続するような会社」だが、それを選定するための明確な指標はない。目利きの際は、「IR担当者や現場の従業員が経営トップと同じ言葉を使う」とか「現場で働いている人の笑顔」など何気ない点に注意するという。「リーダーの情熱」や「フラットな組織」といった渋沢氏がヘッジファンドで学んだ体験が見え隠れする。
経営再建中の東芝は、09年の運用開始後、わずか1年で売却した。東芝の担当者とのやり取りで「説明内容と数字がかみ合わない点や、言葉を濁している雰囲気に疑問を感じた」。
だが、こうした判断方法は企業経営者と直接顔を合わせる機会が少ない個人には難しい。そこで渋沢氏は個人でもできる簡単な見分け方の一つとして、「投資家に対するIR担当者の電話対応の丁寧さ」を挙げる。「正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ」と道徳経済合一を唱えた栄一の子孫らしい言葉だ。
日銀のETF買いに苦言
渋沢氏は投資しようとしている企業に興味やシンパシーを抱けるかどうかも重要なポイントに挙げる。投資家自身が価値を感じる会社でなければ、長期保有できないからだ。言い換えれば、その企業に心がときめくかどうか。渋沢氏は個人投資家に「自分が信じる価値に投資しているのなら、株価が下がったとしてもがっかりしないはず。同じ価値を安く買えるのだから」とアドバイスする。
インタビューの後半、日銀の上場投資信託(ETF)買いに話題が及ぶと、「ただちにやめるべきだ」とあきれ顔で語った。「需給要因で、がんばっていない会社まで株価が過大評価されるのは不健全だ」という。明治初期、株式取引を盛り上げようと取引所の立ち上げに関わった栄一の気概が生きているように聞こえた。
渋沢氏の金言
・投資の原点は定額積み立て ・IR担当者の対応も重要な投資基準 ・心ときめく企業を選ぶ
〔日経QUICKニュース(NQN) 村田菜々子 福井環〕
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「投資家の金言」は著名投資家の投資哲学を紹介します。掲載は不定期です。