「ひえカレー」料理、花巻熱く 雑穀ヒエでとろみ

宮沢賢治の生誕地、また東北有数の温泉地として、多くの人が訪れる岩手県花巻市。「それなのに紹介できる『食』が無い。花巻には日本一の誇れる食材があるのだから、これを生かして何とかしよう」。そんな思いから生まれたのが花巻ひえカレーだ。小麦粉の代わりに雑穀のヒエ粉を使った創作料理。その名前から「冷たいカレー?」と誤解されながらもメニューに加える店は年々増加、地元に定着しつつある。

作付面積、断トツの日本一

岩手県産和牛と花巻名産の白金豚の合いびき肉で作ったホテルグランシェール花巻オーブの「ひえカレーソースハンバーグ」

2011年の主要6穀(ヒエ、アワ、ハトムギ、イナキビ、タカキビ、アマランサス)の市町村別作付面積は花巻市が333ヘクタール。2位の氷見市(富山県、90ヘクタール)や3位の旧斐川町(現島根県出雲市、84ヘクタール)をはるかにしのぐ断トツの日本一だった。中でもヒエは144ヘクタール。2位の紫波町(岩手県、5ヘクタール)の約29倍に達する規模だ。

もともと寒冷な気候の岩手県ではコメが育ちにくく、代わりにヒエなどの雑穀を育ててきた歴史がある。花巻市では戦後の減反政策でコメからの転作が進んだ面もある。ヒエは「厳しい自然風土の中で先人が育て、長い歴史の中で食べる工夫を培ってきた。じっくりとかめばかむほどコクが出る」(岩手の食に詳しいライターの大谷洋樹さん)といい、最近はミネラル豊かな健康食品としても注目され始めた。ただ中高年層などには「食糧難の時代の食べ物」といったイメージも根強く、なかなか市場が広がりにくい側面もあった。

タレがカレー味になっている大内商店の「花巻ひえカレー納豆」

そこに挑んだのが地元の農産物を生かした和総菜を作っているマーマ食品(花巻市)の伊藤恒利社長だ。「岩手町のキャベツうどん、北上市のコロッケ、奥州市のはっと、一関市の餅。それぞれに『ご当地メニュー』が誕生し、街の活性化に一役買っている。しかし、花巻にはこれといったメニューがない。花巻は県内でも有数の観光地で訪れる人も多いのだから、その人たちにお薦めできる新メニューを作ろう」(伊藤社長)。そこで日本一のヒエに目を付け、花巻商工会議所と組んで開発に着手した。

まず花巻市内の菓子業者などと雑穀もなかやヒエ団子などの土産品を試作した。同時に国民食であるカレーに着目、小麦粉の代わりにヒエ粉を使ったカレールーを作った。一般のヒエを使った試作第1号は「ザラザラでおいしくなかった」(伊藤社長)。そこで岩手県が開発した半もち性の新品種「ねばりっこ」を試してみた。うまくとろみが出た。さらに粉をパン用に微細にひくことでザラザラ感も克服した。

麺担品の「カレー担々麺」は注文から5分足らずで出来上がり

そんなある日、東日本大震災の避難所で困っている母親の話を聞いた。小麦アレルギーでパンもコンビニエンスストアのおにぎりも食べられない子どものために、小麦を使っていない食品を探していた母親が「こんな非常時にぜいたく言うな」と非難された、というのだ。伊藤社長は「ヒエ粉のカレーなら、こうした子にも受け入れられると確信した」という。

保存料や添加物使わず

さらに安心・安全を徹底した。牛乳や大豆、畜肉エキス、動物性油脂などアレルギーを起こしやすい食材を一切使わないことにしたほか、うま味調味料や保存料、乳化剤などの添加物も使わなかった。こうして約2年かけて「花巻ひえカレールー」が完成した。

これを持ち、花巻商工会議所経営支援課の高橋厚課長と2人で花巻市内の飲食店を回った。「何か創作メニューを作って下さい。定番にしてくれればパンフレットなどでPRします」

回った店は約50店。高橋課長は「正直、2~3軒でも対応してくれれば十分と思っていた」という。しかし、賛同してくれる店は20店に上った。さっそく宣伝用ののぼり旗を作ったり、汁はね防止の紙エプロンを作ったり、支援体制を整えた。

ひえカレープロジェクトの新製品発表会にくるポンの「名物しょう油たこ焼きひえカレー味」も登場。来場者の人気を誘っていた

参加店舗の1つ、麺担品の牛崎真裕美副店長は「こんな企画を待っていたのよ」と話す。以前から顧客開拓を狙って様々なオリジナル麺メニューを考案してきた。しかし「個人の店が“ご当地メニュー”を生み育てるのは至難の業」(牛崎副店長)と実感していた。そこに「商工会議所が音頭を取り、地域の新メニューとして宣伝・支援してくれるのは力強いと感じた」という。

同店の一押しはカレー担々麺。注文してみた。厨房ではまずルーを適量計ってスープに溶く。その間に麺を2分間ゆで、手際よく器に盛りつける。チャーシュー、目玉焼き、焼きチーズの3種類から選んだトッピングを載せれば出来上がりだ。

さあ、いただこう。とろみの効いたカレースープを口に含む。……。昔懐かしい学校給食のカレーの味だ。もっちり、もさっとしているが、やがて確かなコクが口の中いっぱいに広がる。担々麺の辛みや甘みにカレーのうまみが溶け合い、1杯880円は惜しくない。

12年に花巻市内の20店の25メニューで始まったプロジェクトは、13年に39店舗の56メニュー、14年には42店舗の56メニューに成長した。最初は「麺メニューに限定した方が企画がトガる」(高橋課長)とプロジェクト名も「花巻ひえカレー麺プロジェクト」としたが、13年からは麺の限定をはずし、参加店の拡大を図っている。

ひえカレーと花巻名産の白金豚を詰め、生地の上には低発砲の雑穀をちりばめた地元の恵み満載のブルージュプリュスの「花巻白金豚ひえカレーパン」

たこ焼き店のくるポンは自慢の「名物しょう油たこ焼き」に「ひえカレー味」(1パック10個入り450円)を追加した。ふわふわもちもちの生地にひえカレーのスパイスを効かせた。具材のタコや紅ショウガとの相性もいい。松葉孝博店長は「カレーはたこ焼きとも相性がいい。付け合わせは紅ショウガではなく福神漬けにした」と語る。

パンやグラタン、サブレーなどのスイーツ系も相次ぎ登場している。居酒屋とっくりではカレーゲルが入ったウインナー「ひえカレーソーセージ白金豚雑穀入りソーセージセット」(650円)が「ビールに合う」と人気だ。変わり種では添付のタレがカレー味の大内商店の「花巻ひえカレー納豆」(オープン価格)なども登場している。

昨年はひえカレー味のサイダーも試作した。10~11月のキャンペーン期間中に花巻ひえカレーメニューを注文した人がスクラッチカード抽選に参加、当たりが出た人に試飲してもらった。「飲むとむせる」と話題になり、「お金を払ってでも飲みたい」と申し出る人が続出した。

学校給食にも進出

花巻ひえカレー料理の提供店を示すのぼり旗がはためく萬寿山(岩手県花巻市)

学校給食にも進出した。今年1月30日、地産地消教育の一環として、花巻市内の小中学校全30校の給食にひえカレー豚汁が出た。総計8600食。伊藤社長も南城小学校を訪れ、子どもたちの前で「ひえは花巻市が日本一を誇る雑穀。縄文時代から食べられていた」などと説明した。各教室では「ひえカレーなのに冷たくないね」「また食べたいね」と好評だったという。

14年の花巻市の主要6穀作付面積は256ヘクタールに減少した。ただ、それでも2位の出雲市(島根県、80ヘクタール)や3位の氷見市(富山県、76ヘクタール)の3倍以上。「日本一」に変わりは無い。商工会議所が主導してきたプロジェクトだが、今後は主役である参加店の自主的な取り組みがカギになる。

伊藤社長は「食を通して地域を盛り上げるためのプラットフォームを作りたかった」と話す。その基盤はできた。今後は「各参加店の若い人たちによる街おこし、新たな発信につながれば……」(伊藤社長)。花巻商工会議所では今年は参加店の若い人たちを集めた企画会議などを立ち上げたいと考えている。

(盛岡支局長 増渕稔)

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