ももしき・しびや… 話し言葉がわかれば落語も面白く
立川談笑
江戸っ子の発音は「ひ」が「し」になるとよく言われます。股引きは「ももしき」。披露宴は「しろうえん」。タクシーの行き先を告げるのに、渋谷と日比谷で苦労したなんて話もあります。「しぶや」と「しびや」
それでも私の見聞きしてきたところで言うと、必ずしも「ひ」が言えないのではなくて「ひ」と「し」の使い分けが混乱しているのです。人にもよりますが、布団は敷くのではなくて「ひく」。新聞を「ひんぶん」って言う人もいました。ずいぶん笑ったのが「ひおしがり」。何を言ってるのかと思ったら潮干狩りのことでした。ここまでくると、ぐちゃぐちゃです(笑)
「ど真ん中」と言いますが、あれはどアホ、ど根性、ど素人と同じく関西方面の言葉です。東京の人ならば「まん真ん中」が本当。私自身、落語の中でつい「ど」を使ってしまい、楽屋で先輩落語家から笑われたことがあります。
イントネーションが微妙な言葉もあります。たとえば「こざっぱり」。いわゆる標準語と違い、東京式は「こ」の音が高くなります。こぎれい、こ汚い、こうるさい、こ憎らしいなど、主に人物の印象を好悪の情を込めて言い表す言葉です。
同様に気分を込める接頭辞として「いけ」があります。これは話し手の腹立ちぶりが伝わります。「いけしゃあしゃあと言い逃れしやがって」のあれです。「いけすかない」は「好かない」の強調。ほかに、いけ厚かましい、いけぞんざい、いけずうずうしい…。
決まり文句にもいいものがあります。
「間尺に合わない」。これは、世の道理に反する、横紙破り、的な意味でしょうか。職人の世界から出た言葉です。若い職人が親方に説教されてうなだれている姿が目に浮かびます。きっと生活態度や社会道徳を、職人仕事に例えて諭されたのでしょう。
「そんな間尺に合わねえ話があるかッ!」いいですねえ。大好きなフレーズです。作家の安部譲二さんがエッセイの中でさらりと使っておられて、「さすが東京っ子!」とうなったことがあります。正しい読みは「ましゃく」のはずですが、「ましょく」となまる方が耳に馴染んでいます。
同じ場面で使われるのが「そんなサタケなもんじゃねえ」。想像するに、サタケとは「差丈」。同じく職人言葉からで、長さが揃っているべきところで、不揃いなものがある。つまり「おまえさんだけ特別扱いとはいかないよ」という意味です。
「下衆(げす)の一寸、のろまの三寸」。一寸とは尺貫法、今の約3センチのことです。自分が通った後の戸をしっかり閉めない者をたしなめる時の決まり文句です。
見ているといますよね。後ろ手でドアを閉めたつもりでも、いつも少しだけ開いたままの人。それがまさに3センチや9センチだけ開いているので、この言葉を思い出してつい笑ってしまいます。また、こういう抜かりのある人は、一時が万事で仕事の場でもちょっとした配慮をおろそかにするのかもしれません。
この言い回しをいくらか現代化させた「ドジの一寸、間抜けの三寸」も耳にします。亡くなったコメディアンの前田隣さんがおっしゃっていたフレーズには、おまけがついていました。
「ドジの一寸、間抜けの三寸、馬鹿開けっぱなし」。
わはは。確かにそうだ。
また、江戸っ子は照れ屋ですから素直に「ありがとう」と言えません。「いよっ、ありがた山のほととぎす」なんて軽口で照れ隠しします。さらに、正面きって人から感謝でもされようものなら、舞い上がって照れ隠しもわけが分からなくなります。相手の「ありがとう」や「ありがたい」を受けて、
「ありがとうなら芋虫ゃはたち、親父ゃ俺より年が上」。
「ありがたいなら芋虫ゃ鯨、雨が降る日は天気が悪い」。
バカバカしい、こんなセリフを、ひょいっとおじいちゃんなんかが口走るなんて、いいですねえ。
どの土地でもそうであるように、江戸から東京に伝わる話し言葉にも土地の血が通っています。落語を聴くときにも、そこいらをちょいっと気にしてくれるってえと、ありがた山のコンコンチキでさぁ。
(次回は12月3日に掲載予定です)
<今後の予定>国立演芸場(東京)での独演会は12月9日、2015年1月5日、吉笑(二つ目)、笑二(同)、笑笑(前座)の弟子3人とともに武蔵野公会堂(東京都武蔵野市)で開く一門会は11月30日、12月19日の予定。
立川談笑HP http://www.danshou.jp/
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