夏休みでも、多くの生徒が勝手に登校してきて、仲間と一緒に勉強している。そして、気分転換に廊下で集まって談笑したり、キャッチボールをする姿がある。

受験は「団体戦」で乗り越える

今年1月、都立両国の卒業生で、バングラデシュの貧困地区で映像授業の非政府組織(NGO)を立ち上げた税所篤快が、7年ぶりに母校を訪ねた。後輩に講演するためだったが、その雰囲気に戸惑った。

「こんなに明るく、のびのびした学校だったっけ」

税所が入学した当時、まだ附属中学校は設置されていなかった。そして、「オールドクラシック」と呼ばれる、厳しい「教え込み」の授業が続けられていた。ついていけない落ちこぼれを、教師はかまっている余裕がない。税所も脱落者の1人で、高3になる頃には偏差値が28まで低迷、学年最下位になった。仕方なく大手学習塾の映像授業を受け、早稲田大学教育学部に進学している。

それは、多くの名門都立高校が陥っていた窮状でもあった。1967年に導入された学校群制度によって、合格実績が急落した都立上位校は、教育の変化に対応する意欲と活力を失っていった。古いスタイルの授業が続き、生徒は受験対策を予備校や進学塾に頼るようになっていく。

だが、21世紀に入り、東京都教育委員会は「都立復活」に向けて、2001年に日比谷や西など進学指導重点校を指定し、続いて2006年から小石川や両国など中高一貫校の設置に踏み切った。日本経済の長期低迷も重なって、学費が安い都立校の人気が徐々に高まっていく。

すでに進学重点校は成果を上げ、日比谷は2007年の東大入試で前年度の2倍に当たる合格者28人を出し、一躍、全国公立校のトップに立ち、話題となった。一方、中高一貫校はここに来てようやく卒業生が出始めたところで、その内実はベールに包まれていた。

しかし昨年、都立両国が国公立大学の現役合格率で、日比谷や西を上回って都立トップの実績を上げたことは、中高一貫校が学力水準を上昇させていることを物語る。

「下町の子が集まる両国は、素直で謙虚な生徒が多い。だから、どうしても個人戦になると弱い。それならば、不安は仲間と共有して、団体戦で受験を乗り切ろう、と」

そう話す国語科の主幹教諭、高澤昌利は、都立両国の教育スタイルが生徒の気質に合っていると感じている。大教室で一方的に教えられるよりも、親しい先生に直接、聞いた方がいい。教師も、生徒の学力や性格を熟知しているため、的確な指導が可能となる。だからだろう、予備校や塾に通う生徒は高1~高2では1割ほど、高3でも2割程度にとどまる。

教科を超えた連携も深い。

「中3から英語のディスカッションができるのは、中2までに国語で討論を続けて、思考力を鍛えているから」

布村はそう打ち明ける。そして、「学び合い広場」で、生徒中心の授業方法を、教科を超えて磨き上げていく。

ノウハウを惜しげもなく広める

弁当を食べながら単語を覚える「チーム速単」

生徒が学び合う「場」作り――。山本はその仕組みを、次々と編み出している。昼休み、有志の生徒が教室に集まってくる。「チーム速単」と呼ばれる単語学習で、弁当を食べながら4人チームになって、単語の問題を出し合う。山本が教壇に立って教えるわけではない。ランダムなチーム編成を決めて、質問を出す人が交代するタイミングを指示する。

また、生徒たちが学習のヒントを付箋に書いて、廊下に張り出す取り組みも始めた。独自の学習法や目標、生活習慣などを書き出していく。

山本は「学年通信」で、生徒にこう呼びかけている。

「みなさんは、それぞれの教科の大切なことに気づき始めている。それを惜しげもなく広げた時、誰かが救われます。誰かのために、付箋を増やしていこう」

学習のアイデアを校内に広める

そして、英語のディベートを授業に取り入れてきた布村は、最近、あることに気づき始めた。海外の大学院に通った時、物おじせず反論する外国人学生に引け目を感じていた。だが、自分の言いたいことを発言するだけのディベートでいいのか。

「両国の生徒たちは、相手の意見を真剣に聞いて、いいところをほめる。彼らのディベートの方が、レベルが高いのではないか」

生徒に教えられることが多い――。両国の教師たちは、そう口にする。そして、自分の教室で学んだこと、新しい学習法のアイデアを、報告し合っていく。

都立両国、午後8時。「学び合い広場」はスタートから3時間が過ぎていたが、話し合いは尽きない。「下町のトップ校」の消えかかっていた光は、再び教育界で輝きを取り戻そうとしている。

=敬称略

(編集委員 金田信一郎)

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