2014/11/15

布村は赴任当初、担当を持たず、他の英語教師の授業をサポートしていた。そして、中2の教室で、山本崇雄の授業を見ることになる。

都立両国の山本崇雄主幹教諭

わずか50分の授業で、ペアやグループが次々に入れ替わっていく。1つの課題が終わると、生徒の組み合わせが変わる。50分で十数回の課題を与えるため、2回の授業でクラス全員と組むことになる。そして、クラスを団結させて、生徒同士が教え合う「場」に変えていく。「誰かのために学び、教える。そうすると理解の深さがまったく違ってくる」(山本)

英語劇で2度優勝

そこには、言語を教えることの本質が隠されている。

「ことばの力」。山本はそう表現する。自分の思いが相手に伝わった瞬間、言語の「力」を体感することになる。その感覚を知ると、あとは生徒が自ら学習していく。

山本が毎年、生徒たちを引き連れて英語劇の大会に出場するのは、その効果を狙ってのことだ。しかも、演技の難易度が高いミュージカルで本番に臨む。脚本や音楽を作って、生徒に演じさせている。そして都大会で2度、優勝を果たした。

しかも、原爆や戦争、エイズといった社会的テーマを扱っている。2007年、山本は中1を担当した時、学年全員を英語劇に参加させた。その後も、毎年100人前後の生徒が参加する一大イベントになっている。

山本はテーマを理解させるため、東京大空襲の資料館や広島の原爆ドームに生徒を連れていく。都立両国OBの戦争体験者を招いた講演会も開いた。すると、生徒たちが自主的に、テーマについて学び合っていく。そこで、役柄とセリフに込められたメッセージの深さに気づくことになる。

都立両国(旧制三中)を舞台にして、東京大空襲で亡くなった陸上部の生徒が、現代の陸上部員と時を超えてつながるミュージカル「Sing Like the Wind」。舞台の最後で、現代の生徒が試合のスタートラインに立つ。負けた試合が頭をよぎると、過去からの声が聞こえる。

“I’m afraid of running. I’m afraid of losing.” (走るのが怖い。負けるのが怖いんだ)

“Don’t be afraid of running.” (恐れちゃだめだ)

“Listen to the sound of the wind.” (風の声を聞け)

“We are the wind from the past.” (僕らは過去から吹く風となって)

“We are always looking at you from the sky.” (いつも君を見守っている)

若き命を絶った戦争の凄惨さと、先人たちの歴史の上に、現代があることを再認識するシナリオになっている。生徒は時代を遡って戦中の両国生を演じる。そして、当時の学生たちの思いを、英語のセリフを通して現代の聴衆に伝えようとする。その時、生徒たちは言語の持つ「力」を感じ取る。

そうして山本が担当した2007年入学の「中高一貫2期生」は、全生徒がミュージカルを経験した。金谷千絢もその一人だった。中1ながら、主役級の役を演じた。

「高校生は文化祭で屋台とか自由にできるけど、中学生は英語劇に参加しないと、やることがなくて暇になる」。それは、学校側が意図したことなのかもしれない。乗り気がしない生徒もいる。宮本康平は中1の時、仕方なく照明係を担当した。だが文化祭の当日、舞台裏から同級生たちの演技を見て、引き込まれた。

「来年は、自分も舞台に立ちたい」。宮本は、中2でエイズをテーマにしたミュージカルの舞台に立った。「自分に割り振られた言葉は短いけど、そこに込められた意味は重かった」

この2期生は高校に進級すると、英語の担当教師が布村になった。「山本先生の授業は、サブで入っていたから、授業内容も子供たちもよく知っていた。あの子たちを自分が担当できると思うと震えた」(布村)

この中高一貫2期生たちが、都立トップクラスの合格実績を叩き出すことになる。金谷は東京外語大学言語文化学部に進学する。宮本は小さい頃からあこがれた機械工学の世界を目指し、東京大学理科1類に進んだ。2人とも現役で、志望する国立大学に合格した。

次のページ
変化を恐れぬ学校