ライフコラム

けいざい半世紀

「養殖マグロ」岡山理大、即戦力づくり先読み50年

2014/10/24

 最初の東京五輪が開催された1964年は今の日本の原型を形作る交通インフラや新サービス、新商品が産声を上げました。東海道新幹線が開業、首都高速道路の整備が進んだのもこの年です。コラム「1964年~ ニッポンの大いなる助走」は50年前のあのころをスタートラインとして次の50年、日本が駆けていく先を読み解きます。
岡山理科大学の海水を使わない陸上養殖施設(2013年11月、岡山市)

 海の魚と淡水の魚が一緒に泳ぐ好適環境水での魚の養殖研究、生物地球学部に設置された恐竜・古生物学コース――。50年前の1964年に産声を上げた岡山理科大学(岡山市)は常識にとらわれないユニークな発想で時代の先端を切り開いてきた。今準備を進めているのが2016年春の開設を目指す教育学部だ。「理工系の大学なのに教育学部?」。周りを驚かせる着想には同大学の歴史が深く関わっている。

クロマグロの陸上養殖実験の水槽(岡山市)

 広島県生まれで同大学の創設者である加計勉が兵役から帰ってきたとき、故郷は焦土と化していた。日本は資源のない国。外国から原材料を輸入し、それに付加価値を付けて輸出する以外に生きていく道はない。そのために必要なことは何か。それは理工系人材の育成にほかならない。広島高等師範学校、広島文理科大学(数学科)で学んだ加計は広島、そして岡山に予備校を設立。さらに専門人材の育成を目指して岡山理科大の創設に突き進んだ。

 当時の岡山は水島臨海工業地帯が本格的な生産に向かおうとするところ。「農業県から工業県へ」の掛け声のもとに高度経済成長の波に乗ろうとする矢先で、理工系の人材は引く手あまただった。その後、73年のオイルショックを経て時代の様相は変わるが、理工系人材の育成という同大の理念は学部や研究対象が変わっても貫かれている。

卸売市場で競り落とされた「理大マグロ」=共同

 勉の長男で現・加計学園理事長の加計孝太郎(63)は「教育学部の設置はむしろ遅きに失したくらいだ」と語る。同大では基礎理学科と応用数学科などで教員免許がとれるが、毎年輩出する教員数は140人から150人。全国で教壇に立つ同大卒の現役教師は4000人に及び、うち校長・教頭の管理職だけでも150人が活躍している。すでに教育の世界に広い裾野を築いているわけだ。

 教育学部には中学・高校で教壇に立つ中等教育学科のほかに小学校で教える初等教育学科も設置する方向だ。教育系の大学以外で初等教育学科を設けるのも極めて異例といえる。理大に教育学部を設置するのに先だって、15年4月、付属高校に教育学科を開設する準備を進めている。加計理事長は「せっかく大学に教育学部をつくるのだから高校から人材を育てたいと思った」という。「将来は学校の先生になりたい」と夢を描く子供は多いが、そうした子に高校生のころから専門教育を施す仕組みづくりだ。

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