N
働き方・学び方
僕たちはどう働くか

「なぜ、福島にいるのか」 震災でお笑い芸人ができることお笑いコンビ 母心(5)

2014/10/14

僕たちはどう働くか

吉本興業から独立して2007年に会社登記、08年1月に「立ち上げ」ライブを開いた。福島へ残る、という意思表明をしたボンガーズを福島の人たちは暖かく歓迎し仕事が次々と舞い込む。福島により根を張るため「屋台村」で居酒屋をオープンした。福島での新しい活動は順風満帆に見えた矢先に、11年3月11日、東日本大震災が発生。ボンガーズは一時、福島での仕事をすべて失って富山への避難を強いられた。

広告塔「オカン」

母心(ははごころ) 吉本興業「★☆☆(ほしの)弁当座」所属の嶋川 武秀 (しまかわ・たけひで、写真左)と関淳 (せき・あつし)が08年に福島県で結成。同年、仲間とともに吉本興業から独立し団体名を『お笑いエンタ集団 みちのくボンガーズ』と改名。福島を中心とした東北地方でのお笑い活動を開始。12年、花形演芸大賞 銀賞受賞、14年漫才新人大賞受賞。

嶋川 吉本興業という看板を捨て、自分たちの力だけで新たに「みちのくボンガーズ」という名前でやっていくことになりました。「母心」を正式にコンビとして始めたのはこのときです。覚えてもらうために「オカン」という面白くて奇抜なキャラクターを前面に出そうと思いました。

「オカン? なんだそれ。どうやらみちのくボンガーズという集団の一員らしい、今度呼んでみっぺ」という流れができればいいなと。

 仕事もお笑い番組じゃなくて夕方に放送されるワイドショーのリポーターです。見ている人たちに「ああ、あの着物の人でしょ」と覚えてもらえるように、オカンに出てもらおうと。

嶋川 夕方のワイドショーは主婦層を中心に高齢者も割と見ているので、着物との相性がよかったんです。「結婚して嫁いだときに和服を持ってきたんだけど、なかなか着られないわ」という思いが、特に地方のおばちゃんたちにはあるみたい。そんな着物をいただきながら出演していると、「あら頑張ってる」と思ってもらえた。お笑い芸人だからと、ネタをやっているだけではダメだったと思います。

といっても、最初は難しいこともありました。売れているのならまだしも、売れていない芸人です。地方の人からすれば男が女装してテレビに出るなんて番組としては賭けでしょう。試し、ということで出演させてもらっていたころ、番組審議会で私のことが議題に上がったそうなんです。「あんなふざけたやつ、なんで使うんや」と。ところが、たまたま審議会のなかに東山温泉(会津若松市)の女将さんがいて、「ちょっと待ってちょうだい。あれだけ動いて暴れ回って、着崩れ一つしていない。あの子はただ者じゃない」と私の降板に待ったをかけてくれた。その一言で私は首の皮一枚つながり、継続が決まったんです。

注目記事
次のページ
東日本大震災発生、関の苦悩