「まあだだよ」(93年)のラスト、子供がかくれんぼする野原の場面。監督のはるか遠くで録音の西崎英雄が転んだ。「西崎くん倒れたよ」とメガホンの声。黒澤が最初に見つけた。

準備にたっぷり時間をかけ、ワンシーンワンカットで一気に撮ってしまう緊張感は、黒澤組も小泉組も同じだ。「一つ一つ作っていくから、ワンシーンがとてもしんどい。みんなが協力しないと作れない。でも終わった時にほっとする。だから仲がいい」と矢野。

古武士のような芯

では黒澤と小泉の違いは何だろう。「小泉さんは黒澤さんのように大きな声で怒らない。穏やかで謙虚。でも芯がある」と酒井賢。確かにそんな古武士のような雰囲気が小泉にはある。

矢野は「小泉さんはドキュメンタリーのように偶然性を取りこむ」と評する。「阿弥陀堂だより」(02年)で北林谷栄がセリフの途中を抜かした時のこと。寺尾聰と樋口可南子がとっさに「そういやおばあちゃん、あの時は……」と受けて、話を引き戻した。ぼんやりしてきた老女の感じがうまくでていた。小泉はそのテイクを採用した。「あの時の北林さんの表情がとてもよかった」。矢野は今も忘れていない。=敬称略

(編集委員 古賀重樹)

■ あらすじ
元郡奉行の戸田秋谷(役所広司)は、江戸屋敷で側室と密通し小姓を切り捨てたという事件の罪に問われ、10年後の切腹とそれまでに藩の歴史である家譜を編さんすることを命じられた。切腹の日は3年後に迫った。
城内で刃傷沙汰を起こした檀野庄三郎(岡田准一)は家老・中根兵右衛門から罪を免ずる代わりに秋谷の監視を命じられる。家譜の内容を報告し、逃亡を企てたら妻子とも切り捨てよというのだ。
庄三郎は幽閉中の秋谷の家で秋谷の妻・織江(原田美枝子)、娘・薫(堀北真希)、息子・郁太郎(吉田晴登)と生活を共にし始める。切腹という過酷な運命が待つにもかかわらず、「何事も生きた事実のままに書きとどめよ」という前藩主の言葉を守り、日々家譜作りにいそしむ秋谷。夫を信頼し深い愛情を注ぐ織江。庄三郎は秋谷の人間性と家族の姿に感銘を受け、密通事件に疑問を抱き始める。
やがて庄三郎は事件の真実を暴く重大な文書を入手する……。
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