熊野古道伊勢路の魅力語り継ぐ 世界遺産登録10周年

世界遺産登録から7月で10周年を迎えた熊野古道。数ある参詣道の中で紀伊半島東岸を南下する伊勢路は、伊勢と熊野の二大聖地を結ぶ巡礼道だ。峠道には地元住民の労力で荒れ果てた廃道から生き返らせたところも多く、地元住民がボランティアで保存活動を続けてきた。最近ではツアー客に加え、個人のグループも目立つという。夏休みシーズン到来。巡礼の歴史に思いをはせながら、古道を歩いてみた。
馬越峠に続く石畳の古道(三重県紀北町)

台風一過の快晴となった7月中旬、三重県紀北町と尾鷲市の境にある馬越峠(標高325メートル)。尾鷲ヒノキの美林の中をコケむした石畳が約2キロにわたって続く。馬越峠道は石畳の保存状態が特によいとされ、伊勢路を代表するスポット。「馬越峠の魅力は、なんと言っても石畳です。日本一の石畳だという専門家もいるほどです」

熊野古道語り部友の会の川口有三副会長(72)によると、敷石に使われているのは約1400万年前に火山活動でできたマグマが冷え固まった火成岩。よくみると丸い石はなく、どれも大きくて平らだ。「海や川から運んできたものではなく、この辺の岩山から掘り起こしたものです」

いつごろ石畳ができたのかは定かではないが、遅くとも江戸時代、紀州藩の街道整備に伴って敷設されたという。植林で一部狭まったところもあるが、道幅は紀州藩の籠に合わせて1間半(約2.7メートル)になっている。

馬越峠に続く古道で一枚石の橋を渡る人たち(三重県紀北町)
語り部友の会副会長の川口有三さんの説明を聞く人たち(三重県紀北町)

尾鷲地方は全国有数の多雨地帯。石畳は大雨による路面の流出や倒壊を防ぎ、シダなどの繁茂を防ぐために整備された。山水を谷川に流す「洗い越し」と呼ぶ排水溝などにも工夫の跡があり、そのおかげで2004年に大水害に見舞われた際も峠道は無事だった。愛知県知多市から夫婦で馬越峠を訪れた稲垣恵美子さん(57)は「石畳がきれいで歩きやすかった。昔の人は苦労してこの道を歩いたんでしょうね」

馬越峠は大正期に旧国道が整備されるまで、この一帯の幹線道路だったが、伊勢路の峠道の中には、長い間、人の到来が途絶え、倒木やシダに覆われていた古道もある。

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