ライフコラム

けいざい半世紀

遠距離恋愛の舞台から走るオフィスに変貌 東海道新幹線、開業50年(下)

2014/9/15

 最初の東京五輪が開催された1964年は今の日本の原型を形作る交通インフラや新サービス、新商品が産声を上げました。東海道新幹線が開業、首都高速道路の整備が進んだのもこの年です。新コラム「1964年~ ニッポンの大いなる助走」は50年前のあのころをスタートラインとして次の50年、日本が駆けていく先を読み解きます。
日曜日の夜、新幹線に乗る恋人を名残惜しげに見送る(JR名古屋駅)

 光に満ちた新幹線ホームで、女優の河合美佐演じるヒロインが最終列車に乗る恋人を寂しく見送る。BGMには松任谷由実の「シンデレラ・エクスプレス」。1987年6月、東海旅客鉄道(JR東海)のイメージCM「エクスプレス・シリーズ」が始まった。

 この2カ月前、国鉄の分割民営化でJR東海は発足した。知名度はまだ低く、大赤字でストを頻発した旧国鉄の影を引きずっていた。JRのイメージアップのため企画されたのが、新幹線を舞台にしたCMだった。

 新幹線を使ったイメージ広告は、旧国鉄が70年の大阪万博後に展開した「ディスカバージャパン」が有名だ。これは旅行ムードの盛り上げが狙いだった。今回は社名が「東海」の企業を全国区にするのが目的。地域を結ぶ新幹線の役目を印象付ける人間ドラマができないか、議論された。

「シンデレラ・エクスプレス」のモデル、JR東海営業本部副本部長の坂田氏

 「テーマは遠距離恋愛でどうですか」。提案したのは東京で広報担当を務めていた坂田一広(56、現営業本部副本部長)だ。坂田は当時、広島県で保育士として働いていた夫人に、新幹線で頻繁に会いに通っていた。夫人と知り合ったのも新幹線の車内。坂田が伝説のCMのモデルといわれるゆえんだ。

 撮影場所は東京駅。「前代未聞の現場だった」と立ち会った坂田は懐かしむ。撮影は5月下旬。6月中旬の放送まで1カ月もない。しかも運転士や車掌ら現場の目は冷ややか。スモークが運転室に入るなどトラブルも多かったが、5日間で撮影を終えた。

 CMは評判を呼び、シリーズ化された。そしてJR東海の社員の意識を刺激した。

 88年春に放送されたシリーズ3作目、同級生の再会を描いたCMのキャッチフレーズは「会うのが、いちばん。」。坂田は「3作目あたりから、新幹線は人と人をつなぐコミュニケーションの手段なのだと、CMを見た社員が再認識した」と振り返る。旧国鉄の気質が残るJRに、サービス業の自覚が芽生えた転機だった。

 シリーズ最大のヒットとなった6作目の「クリスマス編」(88年12月放送)は、名古屋駅と岐阜羽島駅で撮影された。とくに岐阜羽島駅は線路の数に余裕があり、撮影にうってつけだった。主役には女優の深津絵里を起用、BGMは山下達郎の「クリスマス・イブ」。翌年の牧瀬里穂主演のバージョンと共に、今も話題にのぼる。

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