中野、サブカルとグルメの「おもちゃ箱」中央線繁盛記(1)

毎月、第2水曜日は中野へ――。商店街の特売日ではない。駅北側の複合施設、中野ブロードウェイで現代美術家の村上隆氏が仕掛ける月1回の定例イベント「月刊水中ニーソ」だ。

ブロードウェイでポップアート

女性を中心とした観客でにぎわう「月刊水中ニーソ」(1月14日、中野ブロードウェイで、写真中央が古賀学氏)

膝丈の靴下(ニーソックス)をはいた女性が水中を漂う姿を撮影した映像を題材にした一味違ったトークショー。ホスト役の映像作家、古賀学氏は「何だか分からないけど面白いものを発信するのに中野はいい場所」と話す。

「サブカルチャーの殿堂」と呼ばれるブロードウェイ。カメラや時計からアニメグッズ、ブリキのおもちゃ、ポップアートまで……。おもちゃ箱をひっくり返したように趣味の店が混在し、「誰も見たことのないことをやってもアウェー(敵地)だと感じさせない」(古賀氏)。

新たな発見を求めるマニアが多く、情報が拡散しやすい。毎年2月になると知的障害や自閉症などを抱える人々のアート作品をポスターや垂れ幕にしてブロードウェイ周辺に張り出す社会福祉法人、愛成会(東京・中野)。アートディレクターの小林瑞恵氏は「張り出したとたんに写真を撮る人が現れてソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で反響を呼ぶ」と舌を巻く。

食パンの袋の口をくくる針金で作ったアニメ風の戦士の人形など、既成概念にとらわれない作品が多く「見てもらえれば良さを分かってもらえる確信はあっても、どう発信すればいいか分からなかった」(小林氏)。手を差し伸べたのがブロードウェイだった。

まんだらけの衝撃

平日もにぎわう東京・中野のまんだらけ本店

ブロードウェイは1966年の竣工。上層階のマンションの玄関は当時としては珍しいオートロック式で、屋上には庭園とプールを備えていた。

最上階には作家で後に東京都知事となる青島幸男氏も住んでいた。長男で放送作家の利幸氏は「(テレビドラマ)いじわるばあさんの打ち合わせでスタッフがよく集まっていた」と振り返る。当時のブロードウェイは「下の階にはオシャレなブティックがあり、今で言うと、ららぽーと豊洲みたいなところで、サブカルの雰囲気はなかった」という。

変化のきっかけはマンガ古書店、まんだらけの出店だ。

漫画家だった古川益三氏が「開業から15年近くたって少し寂れていた」ブロードウェイにまんだらけを創業したのは80年。藤子不二雄氏のデビュー作に100万円の価格をつけ話題を呼んだ。次第にアニメのセル画や玩具なども扱うようになり、今やブロードウェイ内だけで25店舗を持つ。

ブロードウェイには自主製作本の「タコシェ」やアイドルグッズ店「TRIO」、映画グッズ店「観覧舎」などサブカル系の個性的な店も集積する。古川氏が「知り合いを誘って移転してきた店も多い」という。

オタク文化史に詳しい森川嘉一郎・明治大学准教授は「中野ブロードウェイでは通常なら同じ商空間に収まらないような雑多なサブカルチャーが高密度に同居している。同じマニアの街でも秋葉原が最先端を指向してきたのに対し、中野はアンティークに重心がある。この方向性の違いから、アニメやゲームなどに純化していった秋葉原とは異なる集積となっている」と説明する。

まんだらけは、古川氏が「劇場」と呼ぶイベントスペースをブロードウェイ内に開いた。「アニメ、マンガは商業化しすぎて若者が素直にかっこいいと感じにくくなりつつある」と分析。アートやSF、ミステリーなどのトークイベントを開催し、文化発信の場とする考えだ。

飲食街は迷宮

ソフトクリームで有名なデイリーチコだが、イタリア風のうどんも人気

中野のもう一つの特徴は、飲食店が多いことだ。地元の不動産会社、スペースの高山義章社長は「駅周辺に1000軒はある」と話す。中央線沿線の大学生が多く住む土地柄で「飲食店も新しい客を迎えるのに慣れていてホスピタリティーがある」という。

駅前に伸びる中野サンモール商店街の東側一帯は細い路地が迷宮のように広がり、酒蔵からラーメンの名店、エスニック系に至るまであらゆるジャンルの飲食店が軒を連ねる。なかでも高山社長が太鼓判を押すのは「川二郎」だ。うなぎを串焼き(1本250円程度)で提供。10席程度の広さでいつも混み合う。

駅前の中野サンモール商店街振興組合の大月浩司郎理事長が勧めるのは総菜店の「わしや」や甘味の「梅家」で「街に欠かせない存在になっている」という。「中野ならではの飲み屋さんといえばブリック。50年通っている」

最近は飲食街にもサブカルのイメージが広がっている。ブロードウェイに隣接するワールド会館は、廃虚のようなたたずまいで香港の九龍城にたとえられる名物ビルだが、「最近はアニメやコスプレ関連の店が増えた」と「中野坊主バー」を経営する店主の釈源光氏が教えてくれた。

中野通りをはさんだ西側は、対照的に整然とした街並みが広がる。警察大学校の跡地にできた中野セントラルパークに、キリングループが本社を移すなどして中野の在勤者は約1万人増えた。

中野の飲食店はこれらの新しい住民にも愛されている。在勤者でつくる「中野探検隊」のメンバー、小岩井乳業の矢崎直樹部長代理は「オフィス街では見かけない面白い店が多い」と笑う。

例えばブロードウェイの地下にある「デイリーチコ」。山盛りのソフトクリームで有名な店だが、目を引いたのが「和風カルボナーラうどん」。ごちゃ混ぜ感が「中野ならではで楽しい」。

同僚の斉藤淑泰部長代理は中野区観光協会で活動しているが「当社のヨーグルトを使った女性向けのつけ麺ができないかを話し合っている」と明かす。つけ麺の発祥地でもある中野は、食でも新しい文化を生み出しそうだ。

聖地、サンプラザ

中野サンプラザは中野のランドマーク

中野と言えば、白い三角形のビルがランドマークになっている駅北口の複合施設、中野サンプラザも避けて通れない。ホールは歌手のコンサートによく使われ、「アイドルの聖地」の異名もある。

コンサートの1割弱を占めるのが「モーニング娘。」(モー娘。)関連の公演。モー娘。が1999年にコンサートを開催したのがきっかけで、関連のアイドルグループを含めて正月やゴールデンウイーク、夏休みなどに公演を開くのが恒例になった。このほか「声優や往年のアイドルの公演も人気」(運営会社の渡辺武雄次長)という。

アイドルは1日に2~3回公演を開き、開演前からグッズ販売もするため午前中からファンが押し寄せる。モー娘。が所属する芸能事務所アップフロントプロモーション(東京・港)の経営幹部は、サンプラザを会場に選ぶ理由のひとつに「お客さんが長くいても飲食などに困らない充実した商店街がある」点をあげる。

長年親しまれているサンプラザだが、中野駅周辺の再開発の一環で解体が決まっている。中野区は区役所とサンプラザを2023年度までに一体的に再整備する計画だ。新たに建設する複合施設にはオフィスのほか、ホールも併設。再び、アイドルの聖地となる日を期す。

ブロードウェイや飲食街などの迷宮を抱えつつ、相次ぐ再開発で変身を続ける中野。区は民間団体などと街の将来を議論する「中野区グローバル戦略推進協議会」を設立、記念フォーラムでCOOL中野推進協議会の荻野健一常任理事はマニアの情報発信力を生かした「中野マニア特区」を提案した。

個性ある街が沿線に連なり、独特の魔力があるといわれる中央線。その中央線の快速電車が、新宿を出て最初に止まる駅が中野だ。ここでは舌や目の肥えた人々が、新たな文化を育て続けている。(桜井佑介)

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