群雄割拠だ!!刀剣小説 志士や名刀から歴史を描く
伝説の剣豪や「人斬り」と呼ばれた幕末の志士を主人公としたり、名刀を通じて武家一族の興亡をたどったり。刀剣が重要な働きを果たす、独創的な歴史小説の刊行が相次いでいる。
「宮本武蔵が追求したのは人を倒すための『殺人刀(せつにんとう)』。そのアリバイ作りのために兵法の道を歩むわけだが、それまで自分の基準であった『剣』や『斬ること』の意味が次第に分からなくなっていく。そうした武蔵の内面の葛藤を描きたいと考えた」
刺し違える覚悟
武蔵が巌流島で佐々木小次郎と決闘するまでの濃密な2日間を描いた長編歴史小説「武蔵無常」(河出書房新社)を3月に刊行した芥川賞作家の藤沢周はそう話す。ドストエフスキー「罪と罰」の主人公ラスコリニコフへの言及がみられるなど、「フランスの詩人・作家のポール・ヴァレリーの言う、自己内部で知的クーデターを起こした若者」として武蔵をとらえた。
京の一乗寺下り松での決闘で吉岡一門が頭領に立てた幼い童を迷わず斬り捨てたことで、それまで勝つことのみを目的としていた武蔵に迷いが生じる。巌流島での決闘を前に、宿の女の誘いを受け、謎の僧侶に取りつかれる。それでも武蔵は小次郎の技に「活人剣」を期待して島へと赴く。
藤沢自身も2005年、46歳で剣道を始め、現在四段。「息子と一緒に稽古に通ううち、いつしか自分の方が夢中になった」という。武蔵の剣に対しては「あこがれがある一方で、並外れて斬ることにこだわる点はよく分からない。ただ彼らが剣で世界と向き合ったように、我々作家は言葉で世界と刺し違えなくてはいけないという思いを新たにした」と振り返る。
尊皇攘夷の嵐が吹き荒れた幕末、暗殺者として知られた4人の「人斬り」がいた。薩摩藩(現・鹿児島県)出身の田中新兵衛、中村半次郎(後の桐野利秋)、土佐藩(現・高知県)出身の岡田以蔵、そして熊本藩出身の河上彦斎(げんさい)である。
直木賞作家の葉室麟は2月、彦斎の生涯をたどった長編「神剣 人斬り彦斎」(角川春樹事務所)を出版した。彦斎は池田屋事件で新撰組に殺された熊本藩士、宮部鼎蔵(ていぞう)を師とする尊攘(そんじょう)派の志士で、神道による治政を唱えた国学者の林桜園の影響を受けた。
「尊攘派の志士の多くは明治の世では粛清されていく。しかし、現代のテロリズムや宗教の問題を考えたとき、光を当てるべき存在だろうと考えた」と葉室は話す。その上で「もちろんテロは認められる行為ではないが、彦斎の自分を高めていこうという姿勢にはひかれる。刀を使う人斬りには相手の痛みを引き受けようとする覚悟もあったのではないか」とみる。
持つ者の心映す
「鎧(よろい)や城と同様、刀は嘘をつかない」と語るのは「本朝甲冑(かっちゅう)奇談」(舟橋聖一文学賞)などで知られる作家の東郷隆。名刀「茶臼割り」を通じて、信濃(現・長野県)を拠点とした武家の海野氏とそこから派生したと伝わる真田家の興亡を描いた「真説 真田名刀伝」(角川春樹事務所)を3月に出した。
「幸隆、昌幸、信繁(幸村)の真田3代で知られる真田家だが、そのルーツは明確には分かっていない。真田家の親族である海野氏に伝わり、幸隆、昌幸とも縁の深い大太刀『茶臼割り』にまつわる伝承を、史実に沿って膨らませてみたいと思った。刀を通じた武将論といえるかもしれない」と東郷は話す。
日本刀を擬人化したシミュレーションゲーム「刀剣乱舞」のヒットもあり、若い女性を中心に刀剣がブームになっている。刀剣に感情移入しやすいのは「所有者の心の動きを示す」(東郷)ゆえかもしれない。刀剣は歴史・時代小説において、これからも大事な要素であり続けるのだろう。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞夕刊2016年4月19日付]
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