日田やきそば 庶民が焦がれる
パリパリ食感 焼き上げ絶妙
庶民の味、やきそば。ご当地グルメとして、独自の調理法や材料を使用した焼きそばをPRしている地域も多い。大分県北西部に位置する日田市の「日田やきそば」は60年近く、地元で親しまれてきた。ゆでた麺の表面をパリッと焼き、大量のモヤシを入れる。麺のパリパリと、モヤシのシャキシャキ感が絶妙だ。
日田は江戸幕府の直轄地「天領」として栄え、豆田町など市内には古い街並みが残る。日田やきそばを提供するのは、JR日田駅の南側を中心にした約20店。「ひた やきそば」の幟(のぼり)を目印に、まず「みくま飯店」に入った。1970年創業の人気店だ。
暖簾(のれん)をくぐると香ばしいにおいが漂い、食欲をそそる。早速「やきそば」を注文した。
麺は生麺。釜でゆで、ラードを引いた鉄板へ。へらを使って広げ、片面に焼き色が付いたら裏返し、強火でじっくりと焼き上げる。
「麺のパリパリ感が生命線です。だから焼きのタイミングが難しい」とこの道40年の店主、吉田明彦さん(60)。
モヤシと麺は割合が2対1にするのがポイント。豚ばら肉と青ネギを加え、ウスターベースの特製ソースをかけ、いためる。
口に運ぶと、麺とモヤシのバランスがちょうどいい。カリッと焼き上げられた麺は、焦げ目の付いた表面と、やや軟らかい内側という対照の妙味を味わえる。豚肉もよく合う。
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次に訪れたのは「らく亭」。こちらのやきそばは油少なめで麺を焼き過ぎないマイルド系。同店は中心部からやや離れた住宅街にあり、やきそばは出前、持ち帰りが約7割を占める。「冷めても、おいしく食べられるようにマイルドな味にしている」と店主の後藤正孝さん(56)は言う。
3軒目は国道沿いの「求福軒」。ここの麺はしっかりと焼き、豚肉も大ぶりで、存在感のあるやきそばだ。場所がらタクシー乗務員がよく来店し、「乗務員さんの自宅に出前をすることも多い」と店主の加藤幸信さん(47)と打ち明ける。
日田やきそばの材料は麺、モヤシ、青ネギ、豚肉が基本。麺やモヤシの仕入れ先が共通する店も多く、どこで食べても味にさほど変わりがないのではと思いがちだ。
ところが「ソースや焼き具合でちょっとずつ味が違う」と、日田市観光協会事務局長で地域おこし団体「日田やきそば研究会」代表の木下周さん(37)。地元ではそれぞれに自分の好きな店があり、「食べ比べを楽しむ観光客もいる」(木下さん)と語る。
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日田やきそばは、もともとラーメン店が出すサイドメニュー。同市に本店を置く「想夫恋」の創業者が発案し、昭和30年代前半から提供したのが始まりとされる。人気を呼んだことから、ほかの多くのラーメン店もサイドメニューに加えた。
面白いのは、やきそばがメーンになっても、各店とも専門店をうたわず、ラーメン店なこと。「みくま飯店」ではランチタイムに焼きそばを頼むとスープが付くが、これが豚骨ラーメンのスープだ。
日田市民は子どものころからやきそばに親しんできた。家庭にはない鉄板でつくるやきそばが広まったのは、多くの店が出前をしたためという。今でもほとんどの店が個人客や事業所などへの出前を手掛ける。
全国レベルで知られるようになったのは2006年。ご当地グルメがブームになり始めたの機に、市内の13店舗が「やきそば・ラーメンで日田を元気にする研究会」を設立した。
イベントやキャンペーンなどで日田やきそばをPRし、県外から食べに訪れる人が増えた。
いまでは日田やきそばになじみのない客から「麺が焦げてるよ」「モヤシを多くしてボリュームを出すのはどうか」などと言われることもほとんどなくなったという。
「日田の味を忘れないでほしい」と、日田やきそば研究会は4年前から、各店の協賛を得て市内の高校の卒業式の日にJR日田駅前で卒業生たちにやきそばを無料で振る舞っている。今年もふるさとの味をかみしめた卒業生たちが進学や就職で旅立った。
木下代表は、「やきそばは観光に一役買うだけでなく、市民が地域の魅力を再認識し、アイデンティティーを確認することにもつながっている」と話す。
「焼きそば」とは言うが、多くは麺を焼くのではなく、いためたり揚げたりする。日田やきそばは、焦げる寸前のパリパリまで焼き上げる。なぜこの作り方が好まれるのだろうか。
木下さんによると、市の基幹産業で体力を使う木材産業の従事者が好んで食べたこと。さらに盆地特有の高温多湿な気候も影響しているという。夏は猛暑日が続き、全国で最高気温になることも。「鉄板の上で焼き上げられる麺に、暑さに耐える日田の人たちの思いが重なるのでは」とみる。
(生活情報部 大橋正也)
[日本経済新聞夕刊2016年4月12日付]
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