訪日外国人、無保険困った 急病時に全額負担
払えない例も 通訳・病院紹介、利用PR…
昨年夏、妻や長男と東京などの観光地を巡った中国人の男性(42)は急な腹痛に襲われ、都内の総合病院に運ばれた。盲腸だった。しかし病気やケガの際に治療費が賄われる旅行保険に入っておらず、治療費は全額自己負担に。持ち合わせがなく、手術を経て帰国後、数十万円を返済した。男性は「中国に比べ手術代が高くて驚いた」と話す。
全体の3割未加入
日本政府観光局によると、2015年の訪日外国人客数は前年より47%多い1973万人(推計値)。4年連続で増えた。医療機関は通訳の活用のほか、入院で旅程が延びた場合に家族らの宿泊先・帰国便を手配するコーディネーター配置を進めている。
医療現場を悩ますのが無保険の旅行者だ。観光庁によると、訪日外国人のうち約4%が予期せぬ病気やケガに見舞われるが、全体の約3割が保険に未加入。団体旅行は加入者が多いが、個人客は無保険が目立つという。負担すべき治療費が高額で、病院などが踏み倒されることがある。
国内外で病院紹介を手掛ける日本エマージェンシーアシスタンスの前川義和副社長は「無保険だったため、通院すべき重い胃痛を一般用医薬品(大衆薬)で済ませた外国人もいた」と話す。国立国際医療研究センター(東京・新宿)の担当者は「所持金がない患者が搬送されることもある」と打ち明ける。
旅行保険は出発する国・地域で加入するのが一般的だが、日本での対応が不十分な場合がある。このため日本の保険各社が相次ぎ訪日外国人向けの商品を発売している。
昨年12月に三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険が始めたのは、宿泊先の旅館や旅行代理店など法人向けの旅行保険。英語や中国語など12カ国語の通訳のほか、通院すべき医療機関を紹介するサービスが付き100万円を上限に医療費を負担する。5日間滞在で加入料は1人あたり約1400円だ。
三井住友の商品本部企画チームの岸拓弥課長は「加入してもらうには、言語の壁や医療の専門性への対応が必要と考えた」と話す。
3ヵ国語に対応
損保ジャパン日本興亜は昨年9月に個人旅行者向けの保険を発売。英中韓の3カ国語に対応できるコールセンターで24時間対応し、提携する約800医療機関から選び患者に紹介する。
課題は旅行者だけではない。グローバル化で海外の現地法人で雇用される外国人が増えている。しかし研修のため来日し、長期滞在するにもかかわらず無保険の場合があるという。雇用主側の理解不足が一因だ。
国際的な医療支援をするNPO法人「シェア=国際保健協力市民の会」(東京・台東)の山本裕子氏は「重症化した結果、膨らんだ治療費を負担するのを敬遠し、雇用主が契約を打ち切って母国へ帰してしまうケースもある」と指摘する。
訪日外国人の保険加入は義務付けられていない。無保険の人に治療した全国の医療機関でどれほど未収金が発生しているのか、実態は分かっていない。訪日客による経済効果が語られるなか、こうした側面にも目を向ける必要がありそうだ。
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外国人患者受け入れで課題 病院の6割「未収金」
厚生労働省の委託による「国際医療交流(外国人患者の受入れ)に関する研究」によると、2013年10月時点の調査で全国の約1400病院のうち、6割が外国人患者の受け入れで「未収金」を課題に挙げた。
病院などが何度も支払いを督促した上で未収になった医療費について、8都県が一部を補填する制度を設けている。東京都は患者1人につき200万円を上限に負担する。
同制度がある神奈川県内では、医療機関に通訳が派遣されるほか、外国人向けの健康相談のイベントも開かれる。病気の兆しに早く気付いてもらい、治療費の負担が小さいうちに通院してもらう狙いだ。こうした取り組みの結果、13年度の未収金の補填額は200万円と、10年前に比べ10分の1に減少した。
一方で「補填制度をつくると、外国人の保険未加入を助長し、治療費の踏み倒しも増える」という見方は根強い。外国人の無保険問題に詳しい神奈川県勤労者医療生活協同組合の沢田貴志医師は「外国人から回収できていない治療費は全体で年間数億円にのぼるだろう。ただ症状が悪化する前の治療費であれば負担できる人は多く、早期受診を促せば未収金自体を減らすことができる」と指摘する。
(大西綾)
[日本経済新聞朝刊2016年4月10日付]
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