ちょっと待った、腰痛手術 保存治療で改善のケースも
加齢とともに骨や関節、椎間板などが変形し、腰痛になりやすくなる。足がしびれ、歩くと痛いと、もう歩けなくなるかもとの不安が募る。技術の進歩で腰痛手術も受けやすくなり、手術の平均年齢は70~80代と高まったが、本当に急ぐ場合ばかりではないと専門家は指摘。手術の必要性や保存治療について聞いた。
静岡県に住む68歳の女性は腰から足にかけて痛みとしびれが続いていた。あるクリニックで腰部脊柱管狭窄(きょうさく)症と診断。「腰椎の神経が圧迫されている。このままでは歩けなくなり、排尿排便障害が出るかもしれない」と医師の説明を受けた。
手術後に悪化も
「怖くなってすぐ手術に踏み切った」という。神経圧迫を取るために邪魔な骨を削って通り道を広げ骨も補強。良くなると期待していたが、痛みは増すばかり。骨がうまくつかなかったのだ。
内視鏡などを使う体に負担の少ない方法が普及。高齢者の脊柱管狭窄症の手術は増加している。例えば慶応大学病院では「件数は25年前と比べ5~6倍。2013年に手術を受けた人の平均年齢は73歳」(慶大整形外科学教室の松本守雄教授)。日本整形外科学会の15年度報告では、内視鏡による脊柱管狭窄症の手術は4千件だ。
手術件数が増えた分「近年、術後トラブルで再手術を望む人が増加しているのも確か」と順天堂医院整形外科学講座の米沢郁穂准教授。「国内外の調査では、術後10年間に8~10%が再手術となっているとみられる」(松本教授)。「急な手術が必要な場合は限られている」(米沢准教授)。
注射で痛み除く
専門家が勧めるのは、手術に踏み切る前にまず保存治療することだ。3カ月程度の保存治療の後「一般的に3分の1が症状が改善し、3分の1があまり変わらない、3分の1は悪化する」と松本教授。様子を見た後「悪化する人には手術をする」(米沢准教授)。
保存治療では、まず痛み止め薬で症状を緩和するほか、血行を改善させる。それでもまだ痛いなら、神経に麻酔薬を打ち痛みを和らげる神経ブロック注射がある。
薬物治療だけでなく生活習慣の改善も大切だ。「腰に負担がくる肥満や運動不足を改めて」と松本教授。ウオーキングや片脚立ち、寝て膝を抱えて数秒保つなど体幹の筋肉に負荷がかかる運動などで腰回りを鍛える。長時間同じ姿勢は避ける。
そもそもどうして症状は出るのだろう。加齢で椎間板が傷むと背骨が不安定になる。補うため靭帯が厚くなったり、椎間関節が変形したり、椎間板が後ろに出てくると、神経の通り道の脊柱管が狭くなって神経を圧迫、様々な症状が出てくる。
高齢者に多いのは冒頭の女性と同じ腰部脊柱管狭窄症だ。腰の下の方の神経で馬尾と呼ぶ部分が圧迫され、下肢に痛みや脱力感、しびれが出て、休み休みでないと歩けない間欠跛行(はこう)になることもある。
間欠跛行の状態は、すぐ手術が必要なのだろうか。松本教授は「まずは保存治療で経過観察でかまわない」と強調する。米沢准教授も「仮に馬尾が強く圧迫されても、下半身が完全にまひすることはないので慌てないで」と指摘する。
とはいえ、手術をした方がいい場合もある。「視診や触診のほか、磁気共鳴断層撮影(MRI)検査で神経が圧迫されていると確認でき、馬尾がひどく障害されて足の力が全然入らないとき、頻尿など排尿や排便障害があるときなど」(松本教授)だ。
手術では骨や靱帯を削り、脊柱管を通る神経の圧迫を取る。背中を5~6センチほど切る方法と、2~3センチほどの傷口から内視鏡などで治療する方法がある。松本教授は「どちらも神経圧迫を除ければある程度改善する」という。
「手術で全て治るわけではないし、内視鏡手術だからと安易に考えてはいけない」と松本教授。痛みが出始める頃には「既に神経は長期間の圧迫を受けており、仮に手術しても足のしびれや足底の違和感、筋力低下が残る場合がある」(松本教授)。
また、術後に腰の骨がずれたり、曲がったりして再発したら「背骨を固定する手術が必要となる」(米沢准教授)。
傷口は小さい内視鏡手術だが、合併症などのリスクは背中を切る手術と変わらない。「手術に踏み切るかどうかの最終判断は本人が痛みとのつきあい方をどう考えるか次第」(米沢准教授)。最適な方法を選びたい。
◇ ◇
足のしびれ、糖尿病や血管障害かも
足のしびれや休み休みでないと歩けない間欠跛行の原因は腰の神経ばかりではない。糖尿病や動脈硬化など血管障害からくるものもある。「これらの病気と脊柱管狭窄症とを見極め、適切に治療する必要がある」(米沢准教授)
注意するポイントは、休憩して足の痛みが治るかどうか。糖尿病の場合は安静時にもしびれる。血管障害は、足の動脈を触って確かめ、足首と上腕の血圧を比べ、動脈の狭窄や閉塞を調べる。血管がよく見える薬を入れて撮影する検査が必要になることも。
一方、糖尿病など生活習慣病がある人は、腰痛も重症化しやすい。全身的な健康管理が大切だ。
(ライター 高谷 治美)
[日経プラスワン2016年4月9日付]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。