出世ナビ

仕事人秘録セレクション

食で社会貢献、持続的に  和魂洋才の八分目経営(18) 日本ケンタッキー・フライド・チキン元社長 大河原毅氏

2017/5/12

 日本ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)創業時のメンバーで、3代目社長を務めた大河原毅氏の「仕事人秘録」。最終回は、KFCを離れてからの活動について語ります。

 2003年、妻が経営するジェーシーフーズ・ネットと日本KFCからMBO(経営陣が参加する買収)で取得したコムサネットが合併する。

 愛子の父、比嘉悦雄は日本ペプシコーラ創業者で、1966年には米国から冷凍ピザの輸入会社を設立し、79年に愛子が社長に就任ました。

 合併会社のジェーシー・コムサはピザのほか居酒屋、宅配、仕出し弁当、総菜事業などを幅広く手掛けています。愛子は会長で、社長の和田隆介さんなど役員の中には日本KFC創業のころのメンバーもいてにぎやかな会社です。

 食を通じた持続的な社会貢献の仕組みづくりに乗り出す。

代々木公園で「忘れな草」を海外からの観光客に手渡ししながら会話を楽しんでいる(左端が本人)

 たい焼き店「おめで鯛焼き本舗」などでたい焼き1個につき1円を寄付する「ほのぼの運動」を2005年から始めています。取引先にも協力をお願いして集めたお金は障がい者雇用の促進、高齢者の社会進出、地域コミュニティーの活性化などのお役に立ててもらっています。

 また東日本大震災後は福島県の農業高校の皆さんに忘れな草を栽培してもらい毎年春になると代々木公園(東京・渋谷)などで配って寄付金を集める「忘れな草プロジェクト」も進めています。

 日本KFCを離れて約15年になる。

 それにしても、いろいろな人に助けられました人生です。その中で中学、高校でお世話になった栄光学園、上智大学では私の人格形成に大きな影響を与えたイエズス会が目指す理念の1つである「MEN FOR OTHERS, WITH OTHERS(自分の力を喜んで人々のために生かすことのできる人間。)」は私の原点でもあります。

 経営者として社内外からいろいろな軋轢(あつれき)があったのは事実ですが、意見が食い違った人たちがいたからこそ、今の自分があり、全ての人に感謝しています。

 日本と米国の企業社会の違いを目の当たりにしたのも貴重な経験です。自分の軸をしっかりと定めないと流されるだけ。グローバルスタンダードと言われて久しいですが、やはり日本人としての魂は捨ててはいけませんね。「負けないマーケティング」によって低成長下であっても日本KFCは深い傷を負うこともなく今もお客様に親しまれていてうれしいですね。

 大学時代、アルバイトに精を出したことは私の貴重な原体験で現場主義を貫き通す力になったと思います。今でもお店や工場の現場で働いているパートさんたちと話すのは楽しくてたまりません。これからも人の縁を大切にし、ニッポンの食文化、食生活と関わっていきたいと思います。

[日経産業新聞2016年4月8日付]

出世ナビ新着記事

ALL CHANNEL