人類と家畜の世界史 ブライアン・フェイガン著
動物と共同で生み出した文明
丈夫な身体づくりのために子供に食肉を勧める親が同時に、心温まる動物の物語を読んで聞かせる。そんな矛盾をはらむ動物と人間との複雑な関係の成立を、文明に絡めて論じるのが本書のねらいだ。
狩猟民としての初期人類は、獲物に敬意を払い協力関係を保っていたが、徐々に動物との距離を縮める。人間の残飯を漁るオオカミを犬として飼い、狩猟の協力者に仕立てあげた。また、氷河期の後に遭遇する乾燥化の中で、群棲(ぐんせい)する豚、山羊(ヤギ)、羊などの有蹄(ゆうてい)類に目をつけた。これらの動物の家畜化が犬と決定的に異なるのは、所有や財産としての価値が付与された点で、定住性を強いる農耕との蜜月関係を生む。著者は西アジアやイギリスの考古学資料と現代の民族誌を駆使してこの点を語る。
ロバを語る章もおもしろい。この動物なくしては、エジプトやローマの交易が成り立たなかったとは驚きだ。とはいえ有蹄類が直ちに経済的役割を担うだけの動物になったわけではない。西アジア起源の牛も含めて、ギリシャやローマの時代になっても信仰との深い結びつきがあったという。
取り上げる動物のフィナーレはラクダと馬である。乾燥化に強く、運搬と速度に秀でたラクダは地理的障壁であった砂漠を乗り越えた。ユーラシアのステップで家畜化された馬は、人が乗りこなすことで広範囲を短時間で移動できる人類史上まれな動物であった。それゆえ多くの戦争に駆り出され、近代では、虐待されながら運搬手段として動力機器の発明前夜の社会を支えた。一方的な使役は、人類を頂点とする進化論的世界観が優越していたからであろう。
終章で、人類が動物との関係性を修復する歩みが示される。動物愛護思想の出現である。とはいえ保護される動物は選択されているし、人類の生活を前提にした保護にすぎない。鯨食や実験動物を虐待と考えるかなど現代的課題が頭をよぎる。
こうして見ると人類と動物の関係は一方的であったとはいいがたい。動物利用は人類の行動や考えに変化をもたらし、それが再び動物への態度に逆流している。文明は人間と動物の共同制作であったと考えたくなる。
もちろんその関係は対等ではなかったし現在もそうである。ものいえぬ動物の立場を考え、人類の責任を問う著者の言葉は重い。現代社会の行方を占う上で人類史的視点を持つことがいかに重要であるかを感じさせる労作である。
(国立民族学博物館教授 関 雄二)
[日本経済新聞朝刊2016年4月3日付]
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