カーネル・サンダース氏の思い出和魂洋才の八分目経営(11)日本ケンタッキー・フライド・チキン元社長 大河原毅氏

日本ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)創業時のメンバーで、3代目社長を務めた大河原毅氏の「仕事人秘録」。今回は米本社で、ついに創業者に出会います。

ケンタッキー・フライド・チキンの産みの親、カーネル・サンダース氏との出会いはこうだった。

カーネル・サンダースさん(右)と

米本社はホワイトハウスを模した造りになっていて、広い入り口の左の壁にサンダース氏の肖像画が掲げられていました。米国研修中のある日、その肖像をしみじみ見ていると背後から声をかけられました。振り返ると、そこに本人が笑顔で立っているではありませんか。思わず握手をしてもらいました。ものすごく柔らかく温かい手だった記憶が鮮明に残っています。

サンダース氏は「部屋で話をしよう」と誘ってくださり、私は緊張した足取りで執務室に入りました。70歳を超えていた彼は名誉職の地位にありました。少し時間をもてあましていたようで、これまでの人生を丁寧に語ってくれました。

同時にこの会社の現状を嘆き「こんな会社じゃなかったんだが」と。ちょうど第9話でお話ししたヒューブラインへの身売りが決まった後でした。彼のケンタッキーなまりの英語がすごくて聞き取りにくかったのを覚えています。

彼の本当の名前はハーランド・デビッド・サンダースだった。

「カーネル」はケンタッキー州に多大な貢献をした人物に対して同州知事から贈られる称号です。これまでにG・ブッシュ、B・クリントン両元大統領などがこの称号を贈られています。サンダース氏は、ペンキ塗り、機関士、保険のセールス、ガソリンスタンド経営、州議員への出馬(落選)などを経て、65歳で無一文になったこともあります。波瀾(はらん)万丈の人生です。

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