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仕事人秘録セレクション

日本KFCの船出、「米国流」で不振続き 和魂洋才の八分目経営(8) 日本ケンタッキー・フライド・チキン元社長 大河原毅氏

2017/2/24

日本ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)創業時のメンバーで、3代目社長を務めた大河原毅氏の回顧録「仕事人秘録」。8話目の今回は日本で店舗展開を始めたころの話です。

開店の日がやって来た。

1970年11月21日朝11時。ケンタッキー・フライド・チキン名西店のオープンです。後に三菱商事社長となる三村庸平さんもテープカットに駆けつけてくれました。私が店内から外を見ていると大勢の人がお店に向かって来るのが見えました。「大変なことになる」と従業員に号令をかけました。「全てのポット(圧力鍋)にチキンを入れて!。バンバン作って!」と。

1号店となった名西店(名古屋市)

ところが不思議です。誰もお店には入ってこないのです。代わりに店外に飾られたお祝いの生花を競うように抜き取っていきました。残ったのは「祝開店 日本ケンタッキー・フライド・チキン様」と書かれた立て札だけ。ポットから、できあがりを知らせる「プシュー」という音がむなしく響き渡りました。

仕方なくお店の外に出て「試食を行います」と声を張り上げると、再びお客様がお店に向かってやってきました。ただ試食を終えると水が引くようにいなくなります。通常販売に戻すと店内に残ったのは関係者だけ。紅白の目立つ建物を勘違いし「ここは床屋さんですか」とお年寄りがやってきたくらいでした。

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