事業再建・撤退から学ぶ 「科学」と「学習」を縮小学研ホールディングス社長 宮原博昭氏(下)

神戸港震災メモリアルパーク =PIXTA
神戸港震災メモリアルパーク =PIXTA
■1998年5月、「学研教室」の西日本での事業を統括する西日本総括事務局長に就く。
学研教室の西日本総括事務局長だった2000年ごろ、教室の先生たちと(一番左が宮原社長)

看板だった学習雑誌「学習」と「科学」が売れなくなり、支社の統廃合が始まりました。東京本社への異動も打診されましたが、阪神大震災からの復興も道半ばだったので神戸に残りました。代わりに提案したのが東日本と西日本に総括事務局を新たに設けるというものでした。

その下に支社に代わる事務局を置き各教室をマネジメントします。事務局の家賃は生徒数×80円以内、また生徒1千人に対しマネージャー1人、アルバイト1人という運営モデルを決めました。これなら採算が合います。

母子一体の幼児教室「ほっぺんくらぶ」も縮小しました。2億円の利益が出ていると聞いていましたが、人件費を入れると2億円の赤字。黒字にするために拠点の数を47から13まで減らしました。

■学研教室は先生への研修態勢を整えるなどして拡大。「科学」と「学習」に代わり会社を支える事業となった。

支社が無くなり学研教室の品質が落ちる恐れがあったので、研修部隊を設けました。それがインストラクター制度です。全員女性の8人ほどのチームで、学習塾の経験者や教員免許を持った人たちを新たに採用。同時に六甲に直営の学研教室を開いて彼女たちに自ら教室を運営してもらいました。現場経験があった方が先生への研修も実のあるものになると思ったからです。

事務局ごとにデータを集めて生徒の在籍年数、1年未満の退会率などを分析させました。例えば1年未満の退会率は低いが平均の在籍年数が短いとなれば指導が大ざっぱになっているのかもしれません。アシスタントを増やして面倒見をよくした方がよいとか、研修内容を変えた方がよいとか、きめ細かいフォローができます。インストラクターがプライベートも犠牲にして働いてくれたおかげで、ピンチに直面していた教室の経営がぐんと改善しました。

■2003年12月、学研教室事業部長として東京本社勤務となる。

赤字事業の立て直しや撤退を命じられることも少なくありませんでした。例えば、予備校の講師を招いて授業をする予備校事業。80億円規模の赤字だったので撤退はやむを得ませんが、できれば生徒の卒業まで続けたかった。大学入試の合否は人生を変えてしまうからです。何人かの生徒は他の予備校に移ってもらったものの、彼らの進路が気になりつらかったです。

自分と現場とで撤退のシナリオをいくつか作り、調整を進めました。じっくり検討した結果、赤字額を2億円以上圧縮できたこともありました。しかし、事業撤退は人から恨まれることもある苦しい仕事です。そんな経験を二度としたくないと思えば、新規事業への姿勢も全く違ってきます。失敗から学ぶことは多く、しっかりとした事業計画を立てようという気持ちが今の経営につながっています。

<あのころ>
2002年に公立学校で週5日制が完全実施され、保護者の間で「ゆとり教育」による学力低下への懸念が高まった。家計からの教育費の支出も増え、集団授業よりも丁寧な指導が売りの個別指導塾の人気が高まる。学研HDは学習雑誌の販売低迷が続き、新たな事業の柱が求められていた。

[日本経済新聞朝刊2016年3月22日付]

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