ワイン道、インドで探究 新興産地で試飲重ねガイド本
森下篤司・丸紅インド電力工事事務所所長
猛暑のイメージが強いインドでワイン造りと聞くと、意外に思われるかもしれない。実は比較的涼しいデカン高原周辺を中心にワイン造りが盛んで、現在70以上のワイナリーがある。実力つまり味の面でも新興国ワインでは注目株だ。
商社員の私は仕事で2013年春からインドに駐在する。赴任前、ワイン好きが高じて日本ソムリエ協会認定ワインエキスパートの資格を取得。現地のワインを色々試したいと意気込んでいた。
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土地の食には地の酒を
ところが、私が暮らすニューデリーは暑い時期には月の平均最高気温がセ氏40度近くにもなる。国内輸送時や店頭での保管時の温度管理に注意が払われていないこともあって、風味が劣化したものが混じり、インドワインの評価は割れていた。
13年暮れ「インドワイン部」を結成した。会員は現在70人ほど。「その土地の食べ物には地の酒を」という考えを持つ大酒飲みから下戸まで日本人駐在員が集い、私が評価・記録する役目を担った。月に1度以上のペースで集まり、たまに舶来ワインを飲みたくなる誘惑を退け、インドワインを飲み続けた。
インドにおけるブドウ栽培の歴史は古い。ワイン造りは英国統治下に奨励されたが、本格化したのは1980年代以降。現在は東京都の半分ほどの面積でブドウが栽培され、うちワイン向けは1%強だが、アジアでは中国、日本に続く産出国だ。
世界的産地は北半球では北緯30~50度に集中するが、インドの代表的産地のナシックは同20度、バンガロールは同12度。デカン高原に押し上げられて標高はそれぞれ約600メートルと約900メートル。緯度のハンディを標高でカバーし、インドの中では穏やかな気候だ。
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安定の白、個性の赤
地場のワイン向けブドウはなく、赤はカベルネ・ソーヴィニヨン、シラーズ、メルロー、白はシャルドネ、シュナン・ブランなどの国際品種が多く栽培される。88年設立のグローバーや、99年設立で国内で70%近いシェアを持つスーラなどが独創性と情熱を武器に飲み手を引き付ける工夫を施し、品質も向上した。
輸出も盛んで日本で手に入る銘柄もある。スーラのワインはミシュランの星付きレストランのワインリストに載り、同社のラサ・シラーズは国際コンテストで入賞するなど評価もうなぎ登りだ。
日本円で1000円台の価格帯では白ワインの風味が安定し、南国系の果実香を伴う。最高価格帯の3000円前後では赤ワインの個性が傑出、煮詰めたような強めの果実味が特徴だ。赤・白とも酸味は穏やか。樽(たる)熟成で力強い果実味に複雑な奥行きが加わった赤はスパイスのきいたインド料理にも合う。
風味が完全に熱劣化したハズレを引くこともあった。廉価品は商品管理が甘いことが多く、1本40円ほどのワインを試したときには悲鳴をあげそうになった。ワインが酢のように変質、強烈な雑味を含んでいたのだ。少し強めに冷やして雑味の立ち上がりを抑えれば、多少の劣化はやりすごせる。当地ではこの手法を皆さんに勧めている。
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醸造所巡り100選
国内の主要なワイナリーにも足を延ばし、訪問時に受けた解説も漏らさずメモした。バンガロールでは飲んだことのないワインを48種類も見つけ、その場ですべて購入。スーツケースに入りきらなかった40本前後を一晩かけて一口ずつだが一気に試飲した。ワイン部のメンバーにも旅行先や出張先でその土地のワインを調達してもらった。
昨年春、こうした成果を日本語でまとめた「インドワイン100選」を当地で自費出版した。反響は大きく、日本人婦人会の依頼でインドワイン試飲会を開催。地元メーカー3社から70本もワインを寄贈してもらった。和食に合うインドワインを紹介することもある。
レストランや酒店でこの本を開くと、インド人の店員からこれだけ情報が盛り込まれた本は他にないので譲ってほしい、英語版がほしいと頼まれることもしばしばだ。そんな声に応え、休日を使って自ら英訳、新たな試飲データも加えて250種超を紹介した英語版をインド人の友人に配り始めたところだ。
この本がきっかけでインドワインの魅力を多くの人と共有できればうれしい。さらにレベルアップしたワインに巡り合うのが楽しみだ。
(もりした・あつし=丸紅インド電力工事事務所所長)
[日本経済新聞朝刊2016年3月22日付]
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