リリーのすべて
性の壁を越えた愛の物語
私は女。生まれたときに与えられた男ではなく本来の性を取り戻したい。
史上初めて性別適合手術を受けたデンマーク人リリー・エルベの実話がモデルの小説を原作に『英国王のスピーチ』(2010年)の監督トム・フーパーが映画化した。
風景画家リリーの描く絵の色調がダニー・コーエンのカメラが生む映像で再現され、心象風景となってリリーの複雑な心情を語る。
1920年代のデンマーク。『博士と彼女のセオリー』(14年)で圧巻の名演を見せたエディ・レッドメイン演じる画家アイナー・ヴェイナーは、肖像画が専門の妻ゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)と結婚して6年、幸せな日々を送っている。
ところがある日、ゲルダの絵のモデルの身代わりを舞台衣装とメイクに包んでつとめたことでアイナーの心に喜びが湧きあがる。着飾った姿で女らしく「リリー」と呼ばれる嬉(うれ)しさ。アイナーは内なる女性の目覚めを自覚した。
病気? 夫が夫でなくなる不安がゲルダを苦しめる。まだ性別違和の概念がない時代。同性結婚が認められるようになってきた現代とはあまりに事情が違う。そんな時代にドイツ人婦人科医師ヴァルネクロス(セバスチャン・コッホ)は外科手術で女性になれると言うが、感染症などで死の危険もある。
それでも「私は女」と、リリーが手術を切望すればゲルダは手術の依頼の口添えをする。夫がいなくなるのは悲しいが、愛する人が望むならかなえたい。
これは未知の世界へ足を踏み入れるリリーのドラマであると同時に強い意志の力で最愛の人を支えた女性ゲルダの物語でもある。
ゲルダ役アリシアは今年のアカデミー賞で助演女優賞を受賞。リリー役エディ・レッドメインは主演男優賞候補。互いを思いあう気持ちが胸にしみ、愛する気持ちに性の壁はないと思う。2時間。
★★★★★
(映画評論家 渡辺 祥子)
[日本経済新聞夕刊2016年3月18日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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