新潟・ノドグロ 脂乗った「白身のトロ」
刺し身にあぶり 大満足
今や高級魚の代名詞となった「ノドグロ」。主に日本海側で捕れる希少な魚で新潟県では県を代表する魚としてPRする。2013年には世界で初めて新潟市の水族館が人工育成に成功した。見た目はタイにも似ているが「白身のトロ」の異名があるほど脂が多い。すしでも、あぶっても、焼いてもうまい。値は張るが、一度食べたら病み付きになるその味は、外国人も魅了し始めている。
ノドグロを一躍有名にしたのがプロテニスプレーヤーの錦織圭選手だ。14年の全米オープンで世界ランク1位のジョコビッチ選手を破り準優勝した際、「日本に帰ったらノドグロを食べたい」と話し注目された。
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錦織選手は松江市出身。この時、テレビや雑誌では「ノドグロは島根の特産」などと紹介されたが、新潟県内では「ちょっと待ってよ」という突っ込みの声が多く上がった。
新潟の鮮魚店では一年を通してノドグロを置いている。新潟市の繁華街・古町の商店街にある本町食品センターには鮮魚店を中心に15店舗が営業する。その一つ山田鮮魚店ではひときわ目立つ赤いノドグロが大小20匹以上並ぶ。
同店の永島敬子さん(46)は「錦織選手の発言の時は、一時的に値段が跳ね上がってしまった」という。今では小さいものは100グラム400円、大きいものは同550円ほどに落ち着いた。「ノドグロは観光客に人気。買ってすぐにお刺し身で食べていく方も多い」(永島さん)。同センターの中央にはテーブル席があり、中国人の家族が珍しそうにノドグロの刺し身を分け合って食べていた。
新潟産の様々なノドグロ料理を味わえる店が古町にある「鮨・割烹 丸伊」だ。すしや刺し身、塩焼きはもちろん、頼めばあぶり鍋も楽しめる。全国丼グランプリで金賞(ご当地部門)を取ったこともある人気のあぶり丼(1850円)は、ランチタイムに60杯以上出ることもある。最近は中国やベトナムからの団体客も目立ち、食材が足りなくなることもあるという。
新潟県すし商生活衛生同業組合理事長を務める横山範夫社長(70)は「新潟産は脂の乗りが特別。皮付きの身をあぶってうま味を出し、塩で食べるのが一番。高くても売れるブランドに育てたい」と話す。
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13年11月、明るいニュースが全国に流れた。新潟市水族館マリンピア日本海などの研究グループが、ノドグロの人工ふ化と育成に成功したのだ。繁殖に関わってきた飼育員の新田誠さん(42)は「通常、200メートルの深い海にいるので生きたまま陸揚げするのが難しい。長岡市寺泊の漁師さんの協力で、5年をかけて卵から人工育成する技術を確立した」と言う。
生態は謎が多く養殖への道のりはなお遠い。メスの寿命は10年程度で40センチ以上に達するが、オスは半分の5年で25センチを超えることはない。その理由も、自然産卵の実態もよくわかっていない。漁獲量が少ないため県別の統計もない。
全国漁業協同組合連合会は都道府県別の漁師が選んだ本当においしい魚を「プライドフィッシュ」として選定しているが、新潟は夏の魚としてノドグロを推している。県の水産課によると「一般的なノドグロの旬は秋から冬だが、新潟では産卵期にかかる7~9月が最も脂が乗っている」(米山洋一課長補佐)という。
魚のイメージが強い新潟だが、実は漁獲量(14年の海面漁業)は3万トン強と海なし県を除く39都道府県で24番目という少なさ。驚くべきことに東京(7万トン強)の半分もないのだ。新潟中央卸売市場のノドグロの取扱量(14年)は長崎産が新潟産の5.3倍もある。
だが、1キロ当たりの単価は長崎産の2800円に対し、新潟産は3200円と高い。「ノドグロという呼び方は新潟が発祥で全国に広がった。あぶって調理するスタイルも新潟発。それだけこだわりも強い」(丸伊の横山社長)
野菜や果物、牛・豚肉など実力の割にイメージが定着していない新潟の食材は多い。その中にあって魚は例外的にイメージが先行している。それが壊れていないということは量より質が評価されているからであろう。「新潟の魚はうまい」。その地域ブランドをこれからも維持してほしい。
正式名称は「アカムツ」。口を開くと喉の部分が真っ黒なため、通称「ノドグロ」と呼ばれる。ムツ科ではなく、スズキ目のホタルジャコ科に属する。喉は黒いが身は白い。白身の魚とは思えないほど脂身が多く「白身のトロ」とも呼ばれる。
大きくなるほど単価も高くなる。1キロの大物だと1万円の高値が付くことがあるのは、どの海域にどれぐらいいるのかがわからない上、成長が極めて遅いためだ。謎が多い魚だが、養殖技術が確立すれば日常の食卓でも楽しめるようになるだろう。
(新潟支局長 大久保潤)
[日本経済新聞夕刊2016年3月15日付]
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