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映画セレクション

母よ、仕事と日常、生きぬく女性

2016/3/12

映画セレクション

今やイタリアを代表する監督の一人、ナンニ・モレッティの最新作。老いた母親の介護と映画監督の日常を結びつけ、家族と仕事という人間にとって根源的なテーマに迫っている。

女性監督マルゲリータ(マルゲリータ・ブイ)は映画製作の真っ最中だ。アメリカから初老の名優バリー(ジョン・タトゥーロ)を迎えて撮影に臨むが、バリーの変人ぶりに翻弄され、大喧嘩(げんか)をしてしまう。

そんななか、病気で入院中の母が回復は難しいと診断される。それを知らない母は家に帰りたいと駄々をこねる。熱心に母を看病するマルゲリータの兄(ナンニ・モレッティ)は、密(ひそ)かに会社を辞めていた。

映画製作と介護の板挟みになったマルゲリータは、歩けないという母を思わず怒鳴りつけ、その胸で泣きじゃくる。まもなく母は余命わずかと宣告される…。

これまで映画作りを主題とする映画は、『81/2』や『アメリカの夜』など多くあった。だが、本作がそれらと違うのは、監督の仕事と日常生活をまったく等価に描いていることだ。映画監督だって普通の人間で、親の介護や子育てに一喜一憂する。その人間の多面性をしなやかに捉え、悲しみと一抹のユーモアを交えて語るところがじつに巧(うま)い。

本作にはモレッティの母を送った経験が投影されている。つまり、仕事と人生の二重の「私映画」だ。だが、そんな内幕を知らずとも、映画と人生を不器用に生きぬく一人の女性の姿には確かな説得力がある。

作中で主人公は、「キャラクターの隣にいる役者が見たい」という台詞(せりふ)をくり返す。これは登場人物と俳優が一体になる通常の演出ではなく、人物と役者が、近松門左衛門のいう「虚実皮膜」の微妙な距離を置くことを意味する。そうした独自のリアリズムを達成したところに、この映画の慎(つつ)ましい独創性がある。1時間47分。

★★★★

(映画評論家 中条 省平)

[日本経済新聞夕刊2016年3月11日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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