岡山のままかり 再び「庶民の味」に
洋風アレンジ ご飯が進む
きょう3月8日はサッパの日――。サッパはニシン科の小魚で、岡山では「ままかり」と言われ名物だ。あまりにおいしくて隣の家にごはん(まんま)を借りに行くほどだからこの名が付いたという。
体長は10センチ前後から15センチほど。1級河川の旭川と吉井川が注ぎ込む瀬戸内海の児島湾あたりでよくとれる。農林水産省が選定した郷土料理百選にも登場、土産物店では酢漬けなどが売られている。ところが近年、取引量が激減。鮮魚売り場でも見かけることが少なくなった。庶民の味が幻の味になってしまう。地元では危機感が高まる。
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JR岡山駅西口から歩いて5分。「福寿司」でままかりの酢漬けを注文した。しばらくして2種類が器に盛られて出てきた。ひとつは頭と腹の硬い部分を落とした生。もうひとつは丸ごと焼いて酢に漬けてある。生からいただく。まろやかな酢の味とともに磯の風味が鼻に抜ける。続いて焼きままかり。焦げ目そのままに香ばしさが口に広がる。同じ魚でも味わいが違う。
見かけは江戸前ずしのコハダに似ている。コハダが同じニシン科のコノシロの幼魚であるのに対し、ままかりは成魚だ。「ママカリ ヒラに まったりサーラ」の著書がある福寿司会長の窪田清一さん(77)は「コハダがあっさりしているのに対しままかりはイワシに近い香りで濃厚。完成された成魚の味で歯応えもある」と解説する。
湾内回遊魚で北海道以南、東南アジアまで広く分布する。地域によってハラカタ(大阪)、キイワシ(石川)など呼び名が違う。標準和名が関東などで使われるサッパだ。「昔は行商で売りに来ていたし沿岸で親子連れが大量に釣っている姿をみかけた」(窪田さん)。たんぱく源が少なかった時代の庶民の魚だった。大量にとれたのと、イワシと一緒で腐りやすいため酢漬けが一般的になった。
岡山で有名になったのは呼び名にもよるが、名物ばらずしの具としてよく使われたため。祭りや行楽に欠かせない食べ物として定着した。日常的には釣りたてを七輪で焼き、熱々のうちに三杯酢にジュッと漬け、酒のあてやおかずにした。
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平成に入り様相が変わってきた。岡山市中央卸売市場によると2009年度に202トンあった取扱量は14年度には96トンと半分以下に。それも県外産が増えた。中四国農政局では「07年以降は調査対象魚種になっていない」と漁獲量の統計からも消えた。「その他の雑魚」扱いになったのだ。
小魚なので調理が面倒くさい。福寿司では板前がひとつひとつさばくが「東南アジアあたりでとれたものを現地で処理して酢漬けにし冷凍で輸入した方がはるかに安い」(窪田さん)。このため近年、冷凍の輸入品も増えた。中には、まんまを「借りるほどではない」と思う人も。
危機感を持ったままかりファンが立ち上がった。鮮魚店を経営していた林宗男さん(47)は「岡山名物なのに地元の人があまり食べなくなった」ことに気づき08年に「ままかり普及委員会」を立ち上げた。3月8日をサッパ=ままかりの日と決定。子どもに親しんでもらおうと、ままかりの女の子「マカリン」を主人公とする絵本を出版した。
岡山市内で料理教室を営む灰原抄織さん(45)は低温のオリーブ油でじっくり煮た「ままかりのコンフィ」、衣で揚げカレー塩で食べる「ままかりのフリット」などを試作。片栗粉のみで素揚げし「ままかりのタイカレー」も考案した。「くせがなくカレーにあう」(灰原さん)という。
岡山県に移住し広告会社ココホレジャパンを設立した浅井克俊さん(41)は瀬戸内海沿岸にオリーブやマッシュルームなどイタリアン素材が多いのに着目、ままかりをアンチョビー風にアレンジした「ままチョビ」を商品化した。「手作業でつくる月300本はすぐに売り切れる」(浅井さん)。第2弾として野菜に付けて食べたりパスタにまぜたりする「ままニャカウダ」も売り出した。
地元では学校給食にままかりを出す試みも始まった。食べ物の地域色がだんだん薄れる中、食育のテーマにもなっているままかり復権の試みは続く。
ままかりの語源には諸説ある。1869年(明治2年)に妻の里(現岡山市)を訪ねた旧幕臣の成島柳北は「航微日記」に、漁師が隣の船にごはんを借りに行ったという説を紹介している。
郷土の食文化に詳しい岡嶋隆司氏は最もとれるのが9月から11月にかけてなのに着目。秋アミを追いかけて沿岸に来るままかりを農民が岸から捕獲。稲刈りの時期と重なることから稲(=まま)刈りが語源であるとする。漢字の語源をたどり、硬いうろこが並ぶ魚の意味とする説もある。
(岡山支局長 鈴木慎一)
[日本経済新聞夕刊2016年3月8日付]
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