萩原朔太郎論 中村稔著性の不安と口語自由詩の頂点

『月に吠(ほ)える』が世に出てからおよそ百年。日本の現代詩は、今も朔太郎が切り開いた詩の盤石の上で書かれているのではないか。多くの現代詩人が朔太郎論を書き継いできた。このたび中村稔氏によって著された本書は、全集を丹念に読み返すという正攻法によって書かれている。散文や書簡まで、細部にわたる豊富な引用があり、朔太郎の詩と思想の、光と影とが具体的に見えてくる。

(青土社・3200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

最初に確認されているのが、前橋という地方の小都市に生まれた朔太郎の「自然嫌い」「田園嫌悪」という特質である。自然物を詩に書かなかったわけではない。だが「すえたる菊」にしろ、それらは朔太郎の主観を通して一種、異様で不気味な美として表現された。

詩の本質に関わるものとして、生涯、朔太郎が苦しめられた「性欲」の問題も取り上げられているが、これは柱をなすテーマといっていい。北原白秋や従兄萩原榮次宛の書簡のなかで、朔太郎は自らの淫蕩(いんとう)ぶりを放埒(ほうらつ)に記している。朔太郎のイメージが変わるほどの生々しさだ。

著者はこうした朔太郎の欲望に、浄罪詩篇(へん)(『月に吠える』に収められた一連の作品群)に見る「罪の意識」を繋(つな)ぎ合わせる。なかでも朔太郎の「草木姦淫」の夢想に触れている部分は読み応えがある。「草木姦淫の罪業は人間至上の惡徳である」と朔太郎は書いた。病理的幻覚とはいえ、よほどにリアルな快楽を体験したのだろう。

著者はしかし、彼の罪の意識が草木姦淫という形象をとっただけで、その基底には朔太郎のあらゆる性的嗜好が横たわっていると示唆する。異性愛だけでなく、ナルシシズムや近親相姦(そうかん)的心情、さらには同性愛的側面を含めた広い傾向を、詩を生み出す衝動の源に見ている。

『月に吠える』に表れた、「下半身の消失」イメージ、あるいは「貝類への愛着」。そして後に『青猫』に収められた「夢に見る空家の庭の秘密」には、樹木の他に、繁茂する苔(こけ)やなめくぢ、へびの類も登場する。他に誰がこんな不気味なものを詩に書いたか。

とりわけ「夢に…」の一編を、著者は「わが国口語自由詩の頂点をなす作品の一」という。確かに音楽の鳴る一編である。朔太郎は自然を書かなかったが、自己の内なる不安な自然を、外側に引っ張りだすように書いたのかもしれない。

今も輝きを放つ朔太郎詩の秘密を本書は丹念に追いかけるが、同時にその秘密を秘密のままに閉じ込めておきたいという態度も見える。鋭い批評の目と詩人の目。その振幅も魅力的だ。

(詩人 小池 昌代)

[日本経済新聞朝刊2016年3月6日付]

萩原朔太郎論

著者 : 中村稔
出版 : 青土社
価格 : 3,456円 (税込み)

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