パーキンソン病 現状維持へ道
適切な薬・早期リハビリ
パーキンソン病は脳の神経伝達物質であるドーパミンが不足し、体を円滑に動かせなくなる。手足などがふるえる、動作が緩慢になる、筋肉が緊張してこわばる、体のバランスが悪くなる――の4つが代表的な症状だ。
国内の患者数は約14万人と推定され、女性の比率がやや高い。男女とも50~60代で発症する例が多く、70歳以上の有病率は約100人に1人だ。高齢化とともに患者数は増える傾向にある。まれに40歳以下で発症することがあり、若年性パーキンソン病と呼ばれている。
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ドーパミンは中脳の黒質と呼ばれる組織にある神経細胞で作られる。この神経細胞が変性・減少することでドーパミンが不足し、運動の調節がうまくできなくなる。かつては「パーキンソン病を発症すると10年後には寝たきりになる」といわれていた。
しかし、こうしたイメージは近年大きく変わりつつある。国立精神・神経医療研究センター病院の村田美穂副院長は「根本的に病気を治す方法はまだないが、適切な投薬とリハビリによって、発症後10~15年後でも状態を維持できるケースが増えてきた」と話す。
治療の中心となるのが、脳のドーパミンを補充する「Lドーパ」という薬だ。薬の成分は脳の入り口にある血液脳関門という「関所」を通り抜けて、脳内でドーパミンに変化する。脳に到達する前にドーパミンに変化しないようにする薬と併せて服用し、ドーパミン補充の効率を高める。
Lドーパは古くから使われている薬だが、当初はこの薬を早く服用し始めると副作用が大きいという見方もあった。使用時期を遅らせたり他の弱い薬を使ったりしたほうがよいとの考えが強かった。だが「2000年代以降、Lドーパを早期に使ったほうが病気の進行が遅くなることがはっきりしてきた」(村田副
院長)。
Lドーパを早期から使い、「ドーパミン受容体刺激薬」といった他の薬と組み合わせることによって副作用を抑えつつ、患者の体が自然に動く状態を保つ。これが現在のパーキンソン病治療の主流になっている。
適切な投薬と並んで重要なのが、早い時期からリハビリに取り組むことだ。米映画などで活躍し、若年性パーキンソン病と闘いながら俳優復帰を果たしたことで知られるマイケル・J・フォックスさんは、発症してすぐに負荷の高い運動を始めたことがよかったと振り返っている。
埼玉県総合リハビリテーションセンター(上尾市)は、パーキンソン病患者向けのプログラムを3年前から運営している。3~4週間入院し、集中してリハビリを受けることができる。
患者は入院後に体の状態のチェックを受けた後、理学療法士らの指導で、歩行練習やストレッチ、バランスを取る訓練を毎日2時間近く実施する。作業療法士や言語聴覚士によるリハビリも実施する。昨年は約70人が利用した。
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リハビリ入院の前と後を比べ、患者の歩くスピードや一度に歩ける距離が改善することを確認している。70代半ばの女性患者Aさんは1カ月の集中リハビリの後、「それまで無理だった片足立ちができるようになった」という。同センターの市川忠医療局長は「症状が重い患者は体幹やバランス感覚を鍛えるなど、症状に応じてメニューを組んでいる」と説明する。
治療効果のカギを握るのが、パーキンソン病を早期に診断することだ。診断は医師が、手の指の特徴的なふるえや筋肉のこわばりなど4つの兆候を中心に診察し、似た病気の可能性を除外する。さらにパーキンソン病に特徴的な心臓の筋肉の状態や、脳内のドーパミン神経の状態をみる「DATスキャン」という画像検査で確定する。
初期の自覚症状を病気とは思わずにマッサージなどを受けていた患者も目立つという。村田副院長は「歩きにくさや動作が緩慢になっていると感じたらパーキンソン病を疑って診断を受けてほしい。早期に治療を始めれば健康な状態を維持できることも多い」と話し、早めの診断を勧めている。
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薬を腸に直接投与 効果切れと過剰の波抑制
パーキンソン病の患者がLドーパによる治療を長期間続けると、薬の効く時間が次第に短くなり、次の服用時間までに症状が現れてしまうことがある。この結果、症状がよくなった時期(オン時間)と効果がなくなった時期(オフ時間)が1日のうちに繰り返してしまう「ウェアリング・オフ」と呼ぶ現象が起こる。
オフ時間では動作が困難になる一方、オン時間では薬が効きすぎて体が勝手に動いてしまう「ジスキネジア」(不随意運動)という症状が現れることもある。
こうした患者向けに海外で最近登場したのが、Lドーパをチューブで空腸に直接投与する方法だ。薬剤が一定のペースで約16時間連続で供給されるため、ウェアリング・オフを回避できるという。
この薬を使うには、患者は胃に管を通すための「胃ろう」を設ける手術を受ける。患者は朝から就寝時まで、薬剤の入った容器と小型注入ポンプをポシェットなどに入れて携行する。日本でもこの治療薬の臨床試験が終わり、メーカーが国に承認申請をした。
ウェアリング・オフを避ける他の方法として、薬の効き目が約6時間続く内服薬も開発された。欧米では使用できるが、日本ではまだ見通しがたっていない。
(編集委員 吉川和輝)
[日本経済新聞朝刊2016年3月6日付]
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