片手の郵便配達人 グードルン・パウゼヴァング著「黒い手紙」と少年の戦争体験

パウゼヴァングの小説は後味が悪い。ハッピーエンドが用意されている場合さえ、どこかに割り切れなさや居心地悪さが残る。読者を安心させないこと。立ち止まって考えさせること。それがこの作家の美学なのだ。

(高田ゆみ子訳、みすず書房・2600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

そのパウゼヴァングが戦争というテーマを扱った本書は、やはり後味が悪い。それは、この小説が戦争の惨禍をどぎつく描いているからではない。血みどろの戦闘も、空襲による大量虐殺も、子どもたちの飢餓も描かれない。物語の舞台はのどかな山あいの村。何があろうとここだけは「戦争はやってこない」と誰もが思っている。17歳のヨハン・ポルトナーは東部戦線で左手を失って除隊し、郵便配達の仕事を続けている。

夫や兄弟や息子や孫の帰りを待つ女性たちに戦死を告知する「黒い手紙」を配達して回るヨハンの視点を通じ、第2次世界大戦末期のドイツ人の日常が淡々と描き出される。助産師だった母ヨゼファの事故死、自らの出生の秘密、年若い助産師イルメラとの恋など、ヨハン自身をめぐるドラマもあるが、やや薄味だ。逆に、彼を軸に紡がれる村人たちの個々のエピソードが鮮烈な印象を残す。

「黒い手紙」を受け取った人々の苦しみを目にしながら、ただ通り過ぎることしかできないヨハンの姿は、70年の時間であの戦争から隔てられ、いわば遠くから眺めるしかない私たち読者と重なる。しかし、作中に張りめぐらされた伏線が予想外の結末へと一気に収斂(しゅうれん)するとき、読者はその距離が突然ゼロになったかのような衝撃を味わうことになる。

パウゼヴァングの児童文学は、政治的な主張が前面に出すぎて小説としての面白みに欠けるとしばしば批判されてきた。本作も同じことが言われている。だが、本作のメッセージはけっして分かりやすくはない。ナチス時代に「普通の人々」が犯した罪をえぐる短編集『そこに僕らは居合わせた』とは反対に、本作の衝撃的なラストは、「何も悪いことはしていないのに」なぜ加害者として裁かれるのか?というカフカ的な不条理の感覚をむしろ呼び起こすからだ。

著者は現在のチェコで生まれ育った、いわゆるズデーテン・ドイツ人。熱烈なナチス信奉者だった少女は、作中のヨハンと同じ17歳で敗戦を体験し、被追放者として故郷を失った。自分は加害者なのか、それとも被害者なのか。おそらく自身も答えを持たない問いが水面下にわだかまっているからこそ、この小説は本当の意味で問題作となっているのではないだろうか。

(京都大学准教授 川島 隆)

[日本経済新聞朝刊2016年2月28日付]

片手の郵便配達人

著者 : グードルン・パウゼヴァング
出版 : みすず書房
価格 : 2,808円 (税込み)