ムーンナイト・ダイバー 天童荒太著死者の記憶とどう向き合うか

津波に襲われ、放射能に汚染され、5年目を迎えてもなお立入り禁止の地域の海。月の夜、煌々(こうこう)たる照明が「建屋」を照らす〈光のエリア〉の近く、闇に紛れて、その禁忌の海に小さなボートがひっそり浮かび、ひとりのダイバーが海中に潜る。海底には、いまは「瓦礫(がれき)」や「ゴミ」と目されているが本来は人々のかけがえのない生活の断片であった大量の物たちが沈んでいる。ダイバーは秘密の組織の依頼を請け負って、小さな物を少しずつ回収しているのだ。

(文芸春秋・1500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

大震災と原発事故に触発された小説は多いようだが、この設定にはドキッとする。

私は、タルコフスキー監督の映画『ストーカー』を、その原作となったストルガツキー兄弟のSF小説『路傍のピクニック』を、思い出した。1970年代前半に発表され、後のチェルノブイリ原発事故を「予言」したかのように喧伝(けんでん)されたこともあるあの小説も、立入り禁止の「ゾーン」に侵入して高度な科学文明の残した危険な「ゴミ」を、しかし人間にとっては貴重な「宝」でもありうる物を、持ち帰るという設定だった。

だが、『ムーンナイト・ダイバー』はSFではない。悲惨な現実を踏まえているがゆえに、作者は細部まで徹底的にリアリティにこだわっている。

海に潜る主人公も被災して肉親を亡くした漁師なのだし、依頼する秘密の組織も10人ほどの遺族たちの会であり、会を立ち上げたのもやはり肉親を亡くした平凡な公務員だ。彼らは皆、思い出の品や死者の「遺品」や行方不明者の運命を知る手がかりが回収されることを願って集まった。

ただ、禁を犯した行為として処罰されかねないので、会は厳格なルールを作って秘密を守らなければならない。このルールは、子ども用の安価なティアラさえも、貴金属目当ての盗み目的だと誤解されないために、持ち帰ることを禁じている。

しかし、納得し合ったはずの非情なルールは、彼らを突き動かしている切実きわまりない願いと時に矛盾する。会員に関わる何かが発見された時にこそ、その矛盾は噴出するのである。会員はダイバーとの接触を禁じられているのだが、とうとう、主人公の前に会員の女性が現れ、ドラマが動き始める。ドラマはなにより、当事者たちの心のドラマだ。

生者は生者だけで生きているのか、生者は死者の記憶とどう向き合い、どう折り合えば前に進めるのか。小説の問いは読者にも突きつけられる。

(文芸評論家 井口 時男)

[日本経済新聞朝刊2016年2月28日付]

ムーンナイト・ダイバー

著者 : 天童 荒太
出版 : 文藝春秋
価格 : 1,620円 (税込み)

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