パリ・レヴュー・インタヴュー(1・2) 青山南編訳偉大なリトル・マガジンと作家

カポーティ、ボルヘス、カーヴァー、ヘミングウェイ、アーヴィング――目眩(めまい)がするような超ビッグネームが並ぶ。「パリ・レヴュー」誌から選(よ)り抜いた22篇(へん)のインタビュー集だ。

(岩波書店・各3200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

このパリ生まれの米国の文芸誌は作家へのロングインタビューを目玉としているが、これは一九五三年の創刊と同時にスタートしたと知って、軽く驚いた。なぜなら、一九四〇~五〇年代といったら、米国では「ニュー・クリティシズム」という評論の運動が盛んで、これは、「文学作品は作家の意図や思惑を離れ、純粋にそのテクストだけで批評されるべきだ」という考えに基づく批評法。それに、記号論とか、構造主義とか、そうそう、「作者の死」とか、ヌーベル・クリティックとか、ポストモダン批評とか、とにかく近年まで、文芸評論の世界は「テクスト論批評」がいばっていたはずだ。この作家インタビューは、そういうなかで始まり、半世紀余り続いてきたのだ。

訳者あとがきを読むと、まさにそのことに触れられていた。当時の政治色の強い社会批評とも、難解な専門用語が多出する文芸批評とも距離をおこう、という意思から始まったのが、作家にじっくり話を聞くインタビューだったという。同誌はこのインタビューをジャーナリズムとも批評とも捉えず、一つの文芸作品とみなし、聞き手と作家の共同作業による「小説の技術についての対話のかたちをとったエッセイ」と表現する。作家にゲラ刷りを渡し、幾(いく)らでも加筆訂正させる。その結果、フィリップ・ロス、アップダイク、ヴォネガットは全面改稿し、面白い「ニセのインタヴュー」が完成したと、編集部は喜ぶ。全体的にリライトを繰り返すうちに、作家が自分自身にインタビューをするような形になるらしい。

どのように小説を書くかが、紆余(うよ)曲折と逸脱をへて語られていくが、創作技術とちょっと離れたところでぽろりと(故意に?)出る発言が、また興味深い。マルケスは、他言語の小説を読んでいると時々、「この本を訳したい」と思う。原書でふうふう言いながら読むより「そこそこの出来のでも翻訳で読むほうが好き」だから。マンローはあの(何重にもねじれた)「ジャック・ランダ・ホテル」を「エンターテインメント」として書いたと言うし、ボルヘスは「ウェスト・サイド物語」が大好きで何度も観(み)たと答え、ヴォネガットは「四十すぎて初めて『ボヴァリー夫人』を読んだ」と言う。米国最大の雑誌「タイム」が「歴史上いちばんビッグなリトル・マガジン」と呼んだ同誌ならではの偉業である。

(翻訳家 鴻巣 友季子)

[日本経済新聞朝刊2016年2月21日付]

作家はどうやって小説を書くのか、じっくり聞いてみよう! (パリ・レヴュー・インタヴュー I)

著者 : 青山南編訳
出版 : 岩波書店
価格 : 3,456円 (税込み)