坂の途中の家 角田光代著言葉と感情のずれ掘り下げる

読むのが辛い小説である。つまらないからではない。むしろ面白い。面白いけれど息が詰まる。しばしば逃れたいと思うものの結末が気になる。読み続けるといままで知らなかった世界を味わうことが出来(でき)るという強い確信もある。実際そうだった。これは必読の小説だ。

(朝日新聞出版・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

物語は、33歳になる専業主婦の山咲里沙子の日常から始まり、やがて刑事裁判の補充裁判員に選ばれる場面になる。4年前に結婚して、まもなく3歳になる娘をもつ彼女は、まさか自分が選ばれるとは思わなかったし、自分が裁判員にふさわしいとも思わなかった。

担当する事件は、母親による乳幼児の虐待死だった。30代の女性が、水のたまった浴槽に8カ月になる長女を落として殺した事件で、マスコミが注目していた。さして関心もない里沙子だったが、子どもを殺した母親の水穂を巡る証言にふれるにつれ、しだいに自らの結婚と家庭生活を重ねていくことになる。

水穂の日常的な行為の一つ一つが裁判で検証されていくのだが、それがそのまま里沙子に響いていく。婚約、結婚、妊娠、出産、育児などについて、それぞれの地域・家庭・世代がもつ常識と非常識の線引き。その厳然としてある見えない制度に人は縛りつけられ、自分が異常とされ、不安と焦りと孤独をかみしめることになる。こう思っている、こう感じているという簡単な表明ですら、情況と相手の思い込みで大きく意味がかわり、そこから齟齬(そご)と誤解が生まれ、対立することになる。

いやはや圧倒的な筆力である。言葉と感情のずれを徹底的に、どこまでも執拗に掘り下げていくからだ。ここまで丹念に、注意深く、ある種底意地悪く、日常生活の無意識の願望や口にはされない悪意を抉(えぐ)りとる小説はまれだろう。一見すると平穏な日常生活なのに、そこには誰もが罪を犯すかもしれない陥穽(かんせい)がある(終盤の里沙子が犯すある行為が本当に怖い!)。些細(ささい)な食い違いが心の傷となり、それが広がり、無自覚のまま、とりかえしのつかない行為へと誘い込む一部始終を著者は描きつくしているのである。

本書は、裁判員を主人公にした裁判小説であり、家族関係の闇に迫る心理サスペンスでもあるが、その動機の探究は鋭く深く、ミステリの女王ルース・レンデル並である(といったら褒めすぎか)。レンデルほど犯罪小説的ではないけれど、裁判、家族、小説の魅力をあらためて知る精緻な傑作といっていいだろう。

(文芸評論家 池上 冬樹)

[日本経済新聞朝刊2016年2月21日付]

坂の途中の家

著者 : 角田光代
出版 : 朝日新聞出版
価格 : 1,728円 (税込み)