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外交証言録 アジア外交 谷野作太郎著 元大使の矜持にじむ率直な回顧

2016/2/14付 日本経済新聞 朝刊

ここ数年、第一線を退いた外交官による回顧録、現役の外交官による書物の刊行が相次ぐなか、本書は幾つかの点で異色である。まず内外の要人の言動に対する著者の誠に率直な(時には率直過ぎる)印象・評価があり、首相・外相経験者に対してもそれは遠慮がない。そこには、中国政府首脳に関してながら、「権威におもねる」ことを「嫌なんです」と言い切る著者の人柄が投影されていよう。

(服部龍二・若月秀和・昇亜美子編、岩波書店・6400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

著者が40年にわたる外交官生活を、海外の関係者とのやりとりはもちろん、時には吹き出さずにはいられない多くのエピソードを交えながら、ざっくばらんに振り返る様も、他の外交官の著作にはない特色である。

著者は駐韓公使、アジア局長、インド大使、中国大使を務めるなど主にアジア畑を歩いた。福田ドクトリン、天皇訪中、アジア女性基金などに関わった人物として知られているだけに、アジア外交の回顧がやはり興味深い。対中国・ベトナム政府開発援助、カンボジア和平、天安門事件後の中国政策、対インド円借款などに日本独自の外交戦略を指摘し、欧米とは一線を画すものであったと強調。実際、本書ではアメリカの影は薄い。

総理秘書官を務めた鈴木内閣の退陣については一般的な理解とは異なる解釈を示すほか、日本を含む六者会議を提案した盧泰愚元韓国大統領は高く評価。天安門事件後の対中制裁問題をめぐっては制裁解除に前向きな日本をほとんど「面罵」しながら、実は極秘に訪中し、対中関係の打開を図っていたスコウクロフト米大統領補佐官との会談の模様を詳(つまび)らかにする。

1998年の江沢民主席訪日の際、日中共同宣言に日本の謝罪の表記があれば、中国は日本の国連安保理常任理事国入り支持を明記する用意があったという中国政府高官の発言―ただし著者は「にわかに信じがたい」と慎重である―も明らかにし、いわゆる「価値観外交」は中国「締め上げ」と対外的には受け止められていると批判する。

日中韓間の歴史問題に取り組んだ著者は、内閣外政審議室長として関与した河野談話、村山談話の作成に至る過程も語っている。「歴史」を乗り越え「和解」に至る上で、関係国の強い政治の意志とリーダーシップが必要であり、謝罪よりも「歴史を曲げず、これに勇気をもって向き合い、そこから未来への教訓を汲(く)み上げること」が大切であると主張する。日本のアジア外交を長く切り盛りし、奮闘した人物の強烈な自負と矜持(きょうじ)が感じられる回想録である。

(立教大学教授 佐々木 卓也)

[日本経済新聞朝刊2016年2月14日付]

外交証言録 アジア外交――回顧と考察

著者 : 谷野 作太郎
出版 : 岩波書店
価格 : 6,912円 (税込み)

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