「人が枕を必要とするのは寝ているときにリラックスした状態を保つため」。そう話すのは「ロフテー枕工房」本店(東京・中央)で睡眠改善インストラクターの資格をもつ五十嵐香さん。枕なしで寝ると顎が上を向き、首や肩に負担を感じる。寝返りするときも力を入れて腰を持ち上げなければならない。枕は首から頭、寝具までの隙間を埋めて姿勢を安定させてくれる。肩こりが起きるということは、枕が合っていないことの表れなのかもしれない。
自然な立ち姿理想 寝返りの動き観察
人はそれぞれ体形が違う。だから「誰かにとっていい枕でも自分に合うかは別」と五十嵐さん。一人一人に最適な枕の条件がある。寝ているときも、リラックスして立っているのと同じ姿勢を維持できるのが、その人に合っている理想的な枕ということだ。
枕探しは、問診票のような「コンサルティングシート」を書くことから始まった。敷布団の固さ、使い慣れた枕の材質など寝具の状況や、睡眠時の悩み、あおむけが多いといった寝るときの姿勢まで細かい問いに答える。枕はその内容に応じて調整する。
次に体形を測定する。ポイントは頸椎(けいつい)弧。背中と首の境あたりにあるゴリゴリした感触の第七頸椎から垂直に延ばした線と、首の後ろのカーブで最も深い部分との差のことだ。
立ってリラックスした状態で頸椎弧の深さを測って最適な枕の高さの目安とする。五十嵐さんは肩の力を抜いて顎を引き視線を少し先に向けたまま立つよう指示し、記者の首筋に手のひら程の大きさの機械を当てる。頸椎弧の深さは2.32センチだった。一般的な深さはおおよそ2~4センチだ。
さらに、横たわった記者の動きも観察する。「枕の高さは、体の厚さや首回りや肩の筋肉によっても変わるため、寝返りの動きなどを見る」
持参した自宅で普段使っている枕でも寝てみた。五十嵐さんには「この枕は中心が分厚く、首元にかけて低くなっている。頭が枕に乗り上げているのではないか」と指摘された。枕が高すぎたため、起床時に肩がこったのか。
「へたり」は替え時 長くても5年めど
ではどんな形が自分に合うのか。五十嵐さんから提案された枕は中心部がくぼんでいた。持参したのとは逆だ。これだと頭が左右からも支えられ、あおむけでも横向きでも安定しやすい。
高さが決まれば最後に素材を選ぶ。柔らかさなど感触の好みや、干す頻度などの手入れ、交換までのおおよその期間が基準。使い慣れた素材でないと違和感があるという人には、それを薦める。枕の素材は「へたると高さを維持できない。早いもので1、2年、長持ちする素材でも4、5年で替える必要がある」
羽根やそばがら、ポリエステルわたなど6種類の素材を一晩ずつ試した。固さや動いたときに感じる音がそれぞれ違う。最も気に入ったのは、もっちり柔らかい感触の低反発ウレタンフォーム。ゆったりと寝返りができてぐっすり眠れた。起床時の肩こりもない。この枕を購入すると1万5000円(税別)かかる。
もっとも、枕にお金をかけたくない人もいるだろう。どうすればいいか。
「家で頸椎弧の深さを正確に測ることは難しい」と五十嵐さん。ただセルフチェックはできるそうだ。(1)朝起きたとき、肩こりやだるさなど不快感はないか。最初の位置から枕が動きすぎていないか(2)顎が引けて息がしにくくないか(3)顎と視線が極端に上を向いてないか。これらが当てはまるなら、高さが合っていない可能性がある。高すぎる枕の調整はできないが、低すぎる場合はタオルなどを下に敷いて調整できるという。
では、合っていない枕を使い続けるとどうなるのか。
枕専門の外来がある16号整形外科(相模原市)の山田朱織院長は、寝ているときの姿勢が悪くなって「神経が圧迫されたり、血管がつぶれたりして筋肉が収縮し、肩こりや腰痛などが起きる」という。
枕の高さを調節するのは、こうしたトラブルを防ぐためでもある。山田さんは「睡眠時の首の骨の角度が、敷き寝具に対して15度になるのが理想」とする。頭や首の角度に関しては、専門家によっていろいろ見解がある。
「枕の高さが5ミリ違うだけで首の角度が変わってしまう」と山田さん。枕次第で健康を害することもあれば、回復することもあるという。「枕は最も身近な医療器具だ」。
頭からもっとも近い距離にありながら、枕のことはよく考えずに使っていた。枕と体の関係を学び、快眠に一歩近づけたかもしれない。
■いびき、軽度なら改善も
枕には意外な効果もあるようだ。自分ばかりか、周囲に迷惑をかけてしまういびきが、なおる場合があるという。
16号整形外科の山田院長は「症状が軽度、中等度であれば、枕の高さを調節することで改善する人もいる」と話す。首の角度を敷布団に対して15度に保つことで、気道を確保しやすくなり、いびきが小さくなることがあるそうだ。一度、自分の枕の高さを調整してみるといいかもしれない。
ただ、いびきには睡眠障害などをもたらす無呼吸症候群(SAS)が隠れていることもある。いびきに加え、昼間の眠気が強いなど気がかりがあるなら、医療機関に相談しよう。
(小柳優太)
[日経プラスワン2016年2月13日付]