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盛岡のわんこそば「おあげんせぇ!」ゆっくり味わうのも一興

2016/2/10

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「はい、どんどん」「さぁ、じゃんじゃん」「はい、まだまだ」――。担当の金野柊(とう)子さん(20)の柔らかな掛け声と共に、ひとくち分のそばが次々とおわんに投げ込まれる。みちのくの小京都、盛岡の風情漂う老舗そば店、東家(創業1907年)などで楽しめる食のイベントがわんこそばだ。東京から出張で来たという男性(25)の初挑戦に同席させて頂いた。

◇            ◇

カラッ。カラッ。リズミカルに積み重なっていくおわん。「ベルトは緩めて」「おつゆは飲まずに捨てて下さいね」。優しく助言する金野さん。だがそばを投げ込む手は休めない。70杯を超えたあたりから男性のペースが遅くなる。ソバ1本は10~15センチ程度に短くちぎってある。「うちのわんこは15杯で普通のかけそば1杯分です」「数年前、570杯食べた女の方がいらっしゃいました」。一瞬、男性の手が止まる。

リズム感良く、そばを投げ入れる
70杯を超えると、ペースが落ちてきた
別のテーブルには大量のおわんが…

やがて自分のおわんに蓋をして、男性の挑戦は終わった。重ねたおわんは105杯。東家では100杯以上食べると木製の証明手形がもらえる。「これが欲しくて挑戦されるお客さんも多いですよ」(金野さん)

わんこそばは現在、盛岡市や岩手県花巻市などで楽しめる。その起源には諸説あるが、東家の5代目、馬場暁彦さん(45)が唱えるのは岩手県北地方に伝わる「そば振る舞い」説だ。

裏方では迅速にそばを小分けしていた

寒冷な岩手北部では、かつてもてなし料理と言えばそばだった。農作業の節目や冠婚葬祭などの折々に地主は村人を集めて宴会を開き、その締めに「お立ちそば」と呼ぶそばを振る舞った。だが、そばは十分な湯でゆでる必要があり、大釜でも1度に10人前程度をゆでるのがせいぜいだ。そこで100人規模の大宴会では「わんこそば」となる。

ゆでた10人前のそばを100杯のおわんに小分けし「おあげんせぇ(召し上がれ)」と配る。客が食べているうちに次の10人前を100杯に盛る。これを繰り返せば、そばをうまいうちに全員で食べられる。

どんどんおかわりを勧めるのは、村人たちに「腹いっぱい食べてもらおう」と思う地主の心意気だ。勧められる村人たちも、たくさん食べて感謝の意を表す。

盛岡出身の平民宰相、原敬は大のそば好きで知られた。「そばは椀(わん)コ(で食べる)に限る」が口癖で、自宅には300組のおわんがあったという。直利庵(1884年創業)の女将、松井裕子さん(71)は「原敬の別邸でそばを打った祖父が、豪華絢爛(けんらん)な原家のそば振る舞いに痛く刺激され、うちの店でもわんこそばを始めた」と打ち明ける。

◇            ◇

わんこそばが広く知られるようになったのは、82年に新幹線が盛岡まで開通したのがきっかけだった。暁彦さんの父、故・勝彦氏は86年、親交のあった永六輔さんらを招いて「ニッポンめんサミット」を開いた。

現在、毎年11月に開かれる「全日本わんこそば選手権」もその時に始まった。15分間に何杯食べられるかを競うイベントだ。30回目の昨年は神奈川県の男性が338杯で3連覇した。実は前回優勝者に与えられる時間は10分。5分のハンディを負いながら2位に91杯の差をつける圧勝だった。

おさしみ、なめこおろしなど様々な薬味で多彩な味が楽しめる

「記録に挑戦」的な食べ方も楽しいが、松井さんは「ゆっくり、自分のペースで味わって」と提案する。店によって多少違うが、わんこそばにはお刺身や筋子、なめこおろし、とろろ、山菜など様々な薬味が付く。そばをたくさん食べるために薬味には口を付けない人も多いが「ゆっくり薬味と一緒に味わえば、何種類もの味のバリエーションが楽しめ、健康にもいい」(松井さん)。

直利庵の庭には泉が湧き、清流に住むヤマメが泳ぐ。店のそばは、このミネラル豊富な水で打っている。

かつて盛岡に10軒ほどあったわんこそば店も、今は4軒ほど。だがネット上には「戦績」を報告し合う書き込みも尽きない。岩手県では今年、国民体育大会「希望郷いわて国体」が開かれ、参加する全国の選手らがわんこそばに挑戦する姿も目にできそうだ。第1回サミットから30周年となる11月には、暁彦さんらが第2回を計画している。

<マメ知識>花巻市では掛け声なく
 花巻市では「南部藩の南部利直公」起源説が根強い。利直が江戸に向かう途中、立ち寄った花巻城で振る舞われたそばを気に入り、何度もおかわりした。この時、おわんで出されたそばを「わんこそば」と呼んだ。殿様へのおもてなしだったので、せきたてるような「さぁどんどん」などの掛け声は掛けない。花巻では毎年2月11日に「わんこそば全日本大会」を開く。
 平泉町にはそばが入った24杯のおわんを並べて出す「盛り出し式わんこそば」がある。様々な薬味と共にゆっくり味わえる。

(盛岡支局長 増渕稔)

[日本経済新聞夕刊2016年2月9日付]

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