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病気・医療

アートな病院 患者前向きに 治療効果高める癒やし

2016/2/10 日本経済新聞 朝刊

医療現場に芸術を取り入れ、患者の癒やしや治療に生かす取り組みが広がっている。病院を丸ごとアート空間ととらえ、内装を壁画やレリーフで彩ったり、様々なジャンルの絵画を飾ったりする施設が増加。芸術を専攻する学生と組み、作品の展示会を開く動きもある。快適な環境づくりだけでなく、職員のやる気を高めるなど副次的な効果も期待される。無機質で冷たい――。こんな印象が強かった病院が変わりつつある。
小児科病棟の壁はこびとの世界をイメージし、木琴も掛けられている(堺市堺区の耳原総合病院)

 耳原総合病院(堺市)にあるリハビリテーション室。壁面には森をイメージしてデザインした約1メートルの樹木が何本も描かれ、近くでは患者が自転車型の運動機器でリハビリに励む。果実に見立てた椅子やベッドはオレンジや黄色など色鮮やか。入院中の女性患者は「部屋が広く見えて不安感がない。穏やかな気持ちで治療に向き合える」と話す。

■職員も心にゆとり

 今の病院の建物は昨年4月にオープンした。14階建てで、様々なアート作品をちりばめた。待合室の床や検査室の壁には草花を描いたパステルカラーの銅版画を配置。こびとの世界をイメージした小児科病棟の壁には樹木を描き、本物の木琴も掛けて子供が楽しめるようにした。入院患者は院内の絵画や版画を病室に持ち込むこともできる。

 アートに要した費用は約3400万円。「医療機器の購入に割くべきだ」と主張する職員も多かったが、その後のアンケートでは「患者や家族が癒やされている」など肯定的な反応が大半を占めた。奥村伸二病院長は「職員も心にゆとりができてコミュニケーションが活発化し、雰囲気が良くなった」と喜ぶ。

廊下や病室に約300点の絵画を飾る北里大メディカルセンター(埼玉県北本市)

 1989年に開院した北里大メディカルセンター(埼玉県北本市)は「絵のある病院」の先駆けだ。ノーベル賞を昨年受賞した大村智・北里大特別栄誉教授らの研究収益を基に建設。絵画に造詣の深い大村さんの提案で廊下や病室に約300点が飾られ、美術館と見まがうほど。所有作品は約1700点に及び、定期的に展示作品を入れ替える。

 「もう一回人生をやり直したい」。開院当時から施設管理に携わった戸井田浩さんは10年以上前、ある女性患者が発した言葉を忘れられない。展示された著名画家の作品を見て感動し、治療に向き合う勇気が湧いたという。「絵には患者の心を癒やす効果があると実感した」(戸井田さん)

■芸術系大学と連携

 医療に芸術を取り入れる活動は「ホスピタルアート」「ヒーリングアート」などと呼ばれ、欧米で広く普及している。国内でも徐々に浸透し、建て替えや改築を機に採用する施設が増加。支援するNPOなども生まれ、最近では芸術系大学との連携も目立つ。

 金沢美術工芸大(金沢市)は2009年度から、金沢市立病院(同)を舞台にアートの潜在的な可能性を探っている。大学、患者、病院関係者の3者による「参加型プロジェクト」を掲げ、待合室の窓ガラスをセロハンでステンドグラス風に装飾。病院を美術館に見立てて、患者や職員の芸術作品を展示するイベントなどにも取り組む。

 担当の三浦賢治・金沢美術工芸大教授は「自分だけで完結する作品づくりから離れることで、学生の創作活動にも奥行きが出る」と指摘。今後は学生のこうした取り組みを大学での単位として認定するなど、「カリキュラム面の方策も講じる必要がある」とする。

 近畿大は今年4月に新設する学科で、ホスピタルアートの歴史から企画・実践まで体系的に学ぶ講義を導入する。医療機関へのアート普及に取り組むNPO法人「アーツプロジェクト」(大阪府豊中市)の前代表で、近大教授に就任し講義を担当する森口ゆたかさんは「患者には治療だけでなく心のケアも欠かせない。医療とアート双方の現場を橋渡しできる人材を育成したい」と話している。

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■芸術療法、無理強いは禁物

 医療への芸術の活用は患者が自ら創作に関わるケースと、絵画などを鑑賞する受動的なものがあり、いずれも心身の癒やしに役立つことが知られている。日本芸術療法学会(東京・新宿)の大森健一理事長によると、古代ギリシャ時代には既にうつ状態の治療に音楽が有効とされていた。

 以前は医療としての位置付けが曖昧だったが、医師や研究者らの工夫で治療技法も進歩。現在では「芸術療法」として精神疾患をはじめ様々な病状に応用される。絵画やコラージュなど視覚的な表現から箱庭、陶芸など造形、詩歌、音楽、舞踏まで分野も幅広い。

 ただ逆に症状の悪化を招く場合もある。利用する芸術活動は医師らがもともと興味や関心を持っていた分野が多いが、患者も同様とは限らず、効果を生まないこともある。作品の芸術性や特異性に引き込まれ、患者が負担や苦痛を感じるほど表現させて治療であることを見失うリスクもあるという。

 大森理事長は「あくまで芸術療法は投薬など本来の治療を補完するもの。全てが心の救いなどにつながるわけではなく、状況に応じ中止も必要だ」と指摘。看護師や臨床心理士なども含めた多職種が連携し、緊密に情報交換しながら活用する必要があるとしている。

(江口博文、大西康平)

[日本経済新聞朝刊2016年2月7日付]

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