在宅医療見守り手厚く クラウドで情報共有
医師や看護師 患者の異変に素早く対応
「少し血圧が高いですね」。25日、横浜市青葉区のマンションで訪問看護師が80代男性に声を掛けた。脳梗塞で右半身がまひし、要介護度は最も重い5。医師が月数回往診し、看護師やヘルパーも毎日訪れる。
この日、排せつの世話などを終えた看護師はタブレット端末でネット上の専用ページに容体を書き込んだ。青葉区医師会などが2014年度から試行するクラウド上の情報共有システムだ。患者や家族の同意を得て、医師やヘルパー、ケアマネジャーらも書き込み、閲覧・コメントする。診療所やデイサービスなど計約190施設が利用する。
相談も気軽に
看護師が発疹の写真をアップし、その場にいない皮膚科医から助言を得て処置し、治まったことも。体調などを時間差無く多職種で共有でき、セキュリティー上もメールより漏洩リスクが低いという。
従来も患者宅のノートで知らせ合い、緊急時は逐一電話で連絡してきた。システムを利用する訪問看護師は「日々の容体変化など、電話で十分伝えきれない場合があった。今は関係者で共有され、ささいなことも相談しやすい」と話す。
長崎県内で診療所が総合病院の電子カルテを患者の同意のもとで閲覧する「あじさいネット」。NTTデータが構築したポータルサイトを通じ、電子カルテ情報が集まる富士通やNECのシステムにアクセスする仕組みだ。診療所の利用料は月額4千円で、14年からは在宅医療の関係者が患者情報をやり取りする場としても活用され始めた。
奥平外科医院(長崎市)は同ネットを利用し、認知症や末期がんなどの在宅患者約40人を訪問診療する。検査結果をタブレット端末で患者に示して説明したり、撮影した褥瘡(じょくそう)の画像をもとに処置を話し合ったり。これまで一斉かつ視覚的な確認は難しかったが、奥平定之院長は「患者と接する全てのスタッフが時系列で経過を追えるようになった」と話す。
緊急時に役立てる動きもある。東京都の八王子市医師会が14年に導入を始めた「まごころネット」は在宅患者の病歴やアレルギー、携わる医療スタッフの連絡先などを登録。患者らが持つ専用のICカードでパソコンからアクセス、閲覧できる。市内の14病院が導入、救急搬送され、かかりつけ医に連絡が付かない場合も患者のカードで速やかに病状を把握できるという。
支援機器も進化中だ。東北大などが開発、14年に発売した小型心電計は24時間、心拍の状態を送る。患者の胸に貼ったパッドからスマートフォンなどを経由して送信される仕組みで、医師らは心電図の波形を確認。異状があればメールなどでアラームも受信できる。
ルール作り必要
岐阜県笠松町の松波総合病院の研究所は脈拍や血圧などの異状をかかりつけ医に知らせるシステムを開発。時間外などには対応する病院や消防署に伝える。「ナースコール」のように緊急ボタンも備えた在宅患者向けの試作機を製作中で、佐々木典子主任研究員は「実用化すれば家にいても24時間、病院同様の見守りができる」と期待する。
医療情報の電子化に詳しい三和病院(千葉県松戸市)顧問の高林克日己医師は「チームで行う在宅医療はリアルタイムの情報共有が強く求められる」と指摘。その上で「守秘が求められる病状などを閲覧できる関係者の範囲など、ルール作りも普及のためには欠かせない」としている。
訪問診療など増加するが…入院からシフト 道半ば
在宅医療を受ける人は近年、急増している。厚生労働省の患者調査(3年に1回調査)によると、2014年は1日当たりの推計で15万6400人となり、調査を始めた1996年以降で最多に。05年に比べ約2.4倍に増えた。
このうち医師による定期的な「訪問診療」を受けたのは11万4800人で、必要に応じて医師を呼ぶ「往診」を受けた患者は3万4000人だった。全体の8割近くを75歳以上が占める。
ただ1日当たりの入院患者は131万人に上る。在宅医療に対応する医療機関の増加などで入院から在宅へのシフトは進んでいるようだが、まだ限定的だ。国は入院患者を減らし、地域で医療、介護を切れ目なく提供する「地域包括ケアシステム」を推進中。家族を含めて安心して委ねられる在宅医療の体制作りが求められる。
(小川知世、大西綾)
[日本経済新聞朝刊2016年1月31日付]
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