俳優 亀岡拓次
夢と幻想と混沌の日常
「ジャーマン+雨」(2007年)、「ウルトラミラクルラブストーリー」(09年)で鮮烈にデビューした横浜聡子監督が、7年ぶりにはなった長篇(へん)。
まえの2作はオリジナルで、わかくてエネルギッシュかつエキセントリックな主人公の行動を奔放なかたりくちでえがいた。今回は俳優でもある作家、戌井昭人の同名の小説を原作に、中年(37歳)のわき役俳優の、ジミな日常を追う。脚本も横浜自身がかいた。
ジミな日常と言ったが、スクリーンにえがき出されたそれは、おそろしいほど変化にとみ、極彩色ではないのに華麗で、映画のおもしろさにあふれている。
ひとつには、それは主人公、亀岡拓次(安田顕)の職業によるだろう。きょうは諏訪で目玉のとび出すほど殴られるホテルの従業員を演じ(撮影後にビデオをチェックすると、本当に一瞬、眼球がとび出しそうになっていて「亀岡さんならではの技だね」とスタッフが感心する)、明日は舞台劇の稽古で大女優(三田佳子)の胸をもみしだく、といった日々を亀岡は送っているのだ。
いわば、夢から別の夢へと流れていく日常。その日常で、亀岡はよく酒をのみ眠ってはまた夢を見る。時間があれば映画を見る。
ヨーロッパ映画「骨抜きレモ」の記憶や、同業の宇野泰平(この役名のもとであり、亀岡拓次像のモデルの一人ともいわれる宇野祥平)から聞かされる、韓国映画「どんぐりマンチョ」のはなしなどの場面もたのしい。
こうして見ると、亀岡の日常は、夢と幻想の混沌のなかにあり、現実的な目標など特にないようだ。
このふらふらとしてたよりない亀岡拓次の日常に、従来のリアリズムではおさまりきらない人間存在の実感がある。ストーリーではなく、えがきかたのスタイルで共鳴をよぶ映画だ。2時間3分。
★★★★★
(映画評論家 宇田川 幸洋)
[日本経済新聞夕刊2016年1月29日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。