高齢者の服薬、安全に 代替薬や服用法など例示新指針、増える種類に対応

病気に悩む高齢者にとっては薬は手放せない。しかし多くの薬を服用するため、予想もしなかった副作用に襲われる事態が問題になってきた。解決に向けて日本老年医学会は2015年11月、10年ぶりに「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を改訂した。服用を慎重に考えた方がよい薬や代わりの薬を例示しており、消費者も参考にできそうだ。

■処方の「流れ図」

年齢を重ねると、1つだけでなく複数の病気にかかりやすくなり、慢性的な症状に悩まされる。新薬が続々と登場し、それぞれの診療科で治療薬が勧められる。いつのまにか多くの種類の薬を長期間服用する「多剤併用」に陥る。厚生労働省研究班や日本老年医学会などの共同調査から、5~6剤以上を服用する患者に転倒が多くみられるようになり、緊急入院や通院の長期化といった問題が起きることが分かってきた。

今回のガイドライン作成を担当した東京大学の秋下雅弘教授は「75歳以上や要介護状態の高齢者に目立つ。15領域で2098本の信頼できる論文をもとに、多剤併用の問題を避ける方策を提示した」と説明する。

05年に作成した前ガイドラインと大きく違う点は、高齢者に適した処方の流れ図を示し「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」を掲げたことだ。重い副作用が出る薬剤は「服用をすぐに中止する」と判断するのではなく、服用状況を見直しながら、代わりになる薬や服用法を検討する。

例えば高血圧治療薬の場合、一般の大人と同じように高齢者が服用すると、時に血圧が下がりすぎてしまう。糖尿病治療薬の場合は、血糖値が下がって意識を失う危険がある。通常の3分の1から2分の1の量を目安に適切な服用量を見つける対策が有効だという。

投与を慎重にする薬とは逆に、推奨する薬も流れ図を示しながら例示した。精神疾患や循環器疾患、糖尿病など15領域でそれぞれのリストを作り、昨年末に冊子を発売した。「一般向けのパンフレットも作り広めたい」(秋下教授)

漢方薬の扱いも前ガイドラインから大きく変えた。検証に利用できる論文が少なく、他の薬と同様に評価できなかったためだ。しかし伝統的な薬物療法であり利用している高齢者が多い実態を考慮し、疾患ごとのリストから外して独立の章を立てて副作用や注意事項を紹介した。

日本老年医学会は当初、15年4月に案を公表し、外部から意見を募って修正したうえで6月ごろにまとめる予定だった。ところが意見が158件に及び、特に精神疾患や神経疾患分野で関連学会が調査が不十分な点を指摘。再検討の作業が長引き、11月にずれ込んだ。秋下教授は「10年前のガイドラインはほとんど注目されなかった。超高齢社会の到来を実感する」と話す。

意見が対立した代表は、認知機能の低下を招くと評価した一連の薬剤だ。治療現場でよく使われる「三環系抗うつ薬」に老年医学会は当初、使用を禁じるような評価を下した。これに対し日本うつ病学会や日本神経精神薬理学会などは「リスクを強調しすぎる」などと異議を唱えた。

完成版のガイドラインでは処方の流れ図を加え、名称を「慎重な投与を要する薬物」と和らげた。しかし、75歳以上の高齢者に安易に使える薬ではないとして、評価を大きく変えてはいない。

■他学会が批判も

日本睡眠学会も当初のガイドライン案に再検討を求めた。一例は、老年医学会が「慎重な投与を要する薬物」に加えた「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」だ。不眠治療の現場で約3割の利用率があり、違う分野の学会が「慎重な投与を要する」と唱えても、臨床の医師が優先して支持することにはならない。

睡眠学会のガイドライン委員を務める、国立精神・神経医療研究センター精神生理研究部の三島和夫部長は「高齢者向けのリスクだけを強調し、代わる対策を示さないのは混乱を招く」と解説する。

高齢の患者やその家族も、多剤併用に陥らないよう心がける必要がある。医師の診断を受けて出された薬は、信用してつい使ってしまうが、多くの診療科を回っていると胃腸薬のように似た薬が重なってしまうことも多い。診察時に使っている薬をはっきり伝え、相談するとよいだろう。

曜日と時間ごとに薬を区分けできる「服薬カレンダー」や「お薬ケース」も市販されている。老年医学会も「薬の間違いや見落としを減らせる」と利用を勧めている。

(編集委員 永田好生)

[日本経済新聞夕刊2016年1月28日付]

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