慢性疲労、子供も注意 不登校の原因かも
専門医受診/睡眠習慣改善を
西日本に住む中学3年生A君は2学期から、朝なかなか起きられなくなった。小学生の頃から塾などの影響で就寝時間が遅くなり、夜更かししがちだった。朝起きると疲労感とともに腹痛や眠気も出て、登校できなくなった。病院で診てもらうと、小児慢性疲労症候群と診断された。
この病気は慢性の疲労が3カ月以上続き、睡眠や休養によっても回復せず日常生活に支障が出る状態だ。体が動かないといった疲労感を強く訴えるにもかかわらず、病院で詳しく検査しても明確な病気が見つからない。症状は大人の慢性疲労症候群とよく似ている。
国際慢性疲労症候群学会が定めた診断基準によると主な症状は、強い疲労感がある、睡眠に問題がある、腹痛・吐き気を催す、記憶力・集中力が低下、めまいや微熱などが出る、などだ。国内患者数は推定で小学生の0.5%、中学生の3%弱で、不登校との関連も指摘されている。発症の詳しい原因はまだ研究段階だ。
理化学研究所や大阪市立大学などのチームは、小児慢性疲労症候群になった患者の脳の働きを調べた。脳内の血流量の変化をとらえる機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で、脳の働きを観察した。ひらがなの文書を見せ、文中に含まれる母音を探すとともに内容を理解するテストを試みた。
患者15人と健康な子供13人を比べた。健康な子供は脳の前頭葉という部分の一部だけが活発に働いていたが、患者では前頭葉の複数の部分が活発化していた。「健康な子供よりも脳活動の効率が悪いため、疲れを感じやすくなっている」と理研の水野敬上級研究員(大阪市立大特任講師)は分析する。研究を積み重ねていけば、原因が分かって治療法の確立につながる可能性もある。
子供が疲れを感じるきっかけに焦点を当てた研究もある。大阪市立大などは2006~08年、小中学生約1000人を対象に生活習慣と疲労の関係を調べた。睡眠時間が短いほど疲れを感じやすくなっていた。また、小学6年生から中学1年生に進学するときに睡眠時間が1時間も短くなり、疲労感が強くなっていた。
中学進学時の環境変化から不登校などが増える「中1ギャップ」と呼ぶ現象との関連が示唆される結果だった。大阪市立大の渡辺恭良・健康科学イノベーションセンター所長は「睡眠不足などの生活習慣が激しい疲労感につながっている。疲労感が強いと学習意欲も下がる」と話し、睡眠の質改善の重要性を指摘する。
大阪市立大は疲労の背景をさらに探るため、国内の小中高生約1万人を対象にした実態調査を15年春から始めた。最近はスマートフォン(スマホ)などの利用で夜遅くまで起きている傾向が強い。水野上級研究員は「病気予防につながるデータを見つけたい」と話す。
治療に向けた取り組みも進む。兵庫県立リハビリテーション中央病院は、激しい疲労感から不登校などになった子供に入院してもらい、強い光を当てて睡眠障害を改善したり睡眠の働きを調整するサプリメントなどを処方したりしている。
光による治療では、天井に色や明るさを調整できる照明を設置したベッドで寝て、乱れた睡眠習慣を元に戻す。生体のリズムをつかさどる「体内時計」の狂いから睡眠障害に陥り、病気になっている可能性が高いからだ。2~3カ月間入院して治療を続けると、疲労感も弱まり、約6割は通学などの社会復帰ができるという。ただ退院してから学校生活に戻っても、再び睡眠がうまく取れなくなり再発するケースもある。
小児慢性疲労症候群が厄介なのは、高学年になるほど完全に回復するのが難しくなることだ。同病院の三池輝久特命参与(熊本大学名誉教授)は「夜更かしの習慣が引き金になる。小さいうちから正しい睡眠の習慣をつけてほしい」と訴える。子供に正しい睡眠習慣をつけるため、親も夜更かしせず、早く就寝するなどの取り組みが大切だ。これまで福井県などの小中学校で睡眠教育を指導し、不登校につながる生徒を減らすなどの効果を上げている。
医療機関側にも課題はある。この病気に対する医師の認識は十分とはいえず、専門の医師も少ないのが現状だ。このため、精神疾患などほかの病気と診断されるケースもあるという。血液中に含まれる物質の量などをもとに診断できるよう、厚生労働省は新しい正確な診断法の開発を進めているところだ。
子供が不登校になると周囲は「怠けている」と考えてしまいがちだ。疲労感が強い場合は、睡眠の習慣を改めるとともに、専門の医師に一度診てもらうようにしたい。
働き方の見直し必要 日本、大人も睡眠時間短く
日本は「疲労大国」といわれる。背景にあるのは世界的にも短い睡眠時間だ。労働時間は短くなっているものの負担は増しているほか、子供も小学生くらいから塾などに通い夜更かしにつながることも多い。疲労の蓄積は万病のもととされる。十分な睡眠時間を取りながら生活する習慣が欠かせない。
経済協力開発機構(OECD)が2009年に公表した報告書によると、日本人の1日の平均睡眠時間は7時間50分だった。OECD加盟国の平均より30分ほど短く、国別でも韓国に次いでワースト2位。「短眠国」が浮き彫りになった。
働き過ぎによる激しい疲労から脳や心臓の疾患で命を落とす「過労死(KAROSHI)」という言葉は、今や国際語として使われている。疲労を防ぐよう、働き方や睡眠習慣をできるだけ見直すことが大切だ。
(竹下敦宣)
[日本経済新聞朝刊2016年1月24日付]
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