クリニック 地域救急担う 身近に高度治療
大病院集中を緩和 厳しい採算
夕闇迫る薩摩半島の一本道を救急車がひた走る。間もなく「松岡救急クリニック」の白い外壁に赤色灯を照らしながら止まり、患者を院内に運び込んだ。
外科手術が可能
鹿児島県南九州市の同クリニックは常勤医2人、看護師8人の体制で24時間365日、救急患者を受け入れる。磁気共鳴画像装置(MRI)やコンピューター断層撮影装置(CT)、全身麻酔器などを備え、必要なら外科手術も行う。
開設は2013年。松岡良典院長は「救急患者が1時間かけて鹿児島市内の病院に運ばれることが多く、時間切れになるケースもあった。助かるはずの人を救いたかった」と話す。14年は約700人が搬送され、自ら来る場合も含め約7300人の救急患者に対応。約6割が入院・手術の必要な重症か中等症で、88人に全身麻酔の手術をした。
日中は高齢者を中心に約200人のかかりつけ医として外来診療もこなす。「慢性期にも対応する総合病院並みの医療を実践する救急クリニックを、各地に広めたい」(松岡院長)
昨年12月、山口県美祢市に「松永救急クリニック」を開いた松永貴志医師は松岡院長のもとで研修を受けた一人だ。週4日はクリニックにずっと待機して24時間診療を行う。
県内は南部に医師が偏在し、美祢市の救急患者の半数は市外の病院に搬送されていた。同クリニックには12月に14人が搬送、今では市外からの来院もある。
長時間待機しても患者があまり来ない日もある。採算は厳しく、リハビリなどの拡充を急ぐ。松永医師は「医師が自分だけでは24時間診療は週4日が限界。医師を増やして毎日できるようにしたい」と話す。
行政の支援で開設
救急医療はスタッフが多く、機器も整った病院が担ってきた。ただそうした病院が最寄りにない地域もある。本来、重い症状の患者に対応すべき病院に軽症者を含む搬送が集中する傾向もあり、現状を変えようとするクリニックが現れた。
「川越救急クリニック」(埼玉県川越市)の上原淳院長はかつて高度救命救急センターに勤務。そこには別の病院で治療すべき患者が次々に運び込まれた。「重症者への対応に支障が出る。自分が開業して何とかしなければと思った」
同クリニックの年間の救急搬送は1600~1700件。基本的に受け入れを断らない。「まず医師が重症度を判断するのが大切。必要に応じて高度な病院に送り、振り分け機能を果たす」(上原院長)
行政が後押しする動きも。昨年11月にオープンした三重県松阪市の「いおうじ応急クリニック」の診療時間は金曜と土曜は夕方から翌朝まで、木曜と休日は午後から夜8時まで。市内の診療所が開いていない空白の時間帯をカバーする。
市内の総合病院は医師不足などのため時間外は原則、救急患者しか受け入れていない。このため軽症でも救急車を呼んで受診するケースが続出。松阪地区広域消防組合によると、14年の救急搬送件数は約1万4千件と人口が同規模の他地区の1.5倍だった。
同市は診療体制が手薄な時間帯を担う医療機関に年約2600万円の資金拠出を決定。同クリニックの開設につながった。良雪雅院長は「開設から1カ月の来院は想定より5割多かった。今後も市内の救急医療を支えたい」と意気込む。
救急クリニックは現状、少数の救急医の献身的努力によって運営されている。日本救急医学会の行岡哲男代表理事は「機能を果たし定着するためには、それぞれの地域の特性に応じ救急隊のほか、従来救急を担ってきた病院との連携が欠かせない」と指摘している。
救急車の出動数、過去最多 軽症者が半数近く
救急医療を通常担うのは、スタッフや設備が充実した救急指定病院だ。3つに分類され、休日夜間急患センターなど「初期(1次)救急」は入院が必要ない軽症者に対応する。「2次」では入院・手術を要する中等症患者を受け入れ、救命救急センター(全国279施設)や高度救命救急センター(同35施設)が「3次」として重篤な疾患や多発外傷を治療する。
ただ関東地方の救命救急センターの責任者は「専門医の不在などを理由に患者を受け入れない1次、2次の病院は多く、3次の病院に軽症者が集まってしまう」と訴える。
全国の救急隊の出動件数は2014年に約598万件で、5年連続で過去最多を更新。うち半数近くは軽症だった。消防関係者は「独り暮らしの高齢者のほか、子供のちょっとした異変で親が救急車を呼ぶケースが少なくない」と話す。
(編集委員 木村彰 大西康平)
[日本経済新聞朝刊2016年1月24日付]
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