大変を生きる 小山鉄郎著災害と向き合う日本文学渉猟

『古事記』の時代から、日本は「クラゲナスタダヨヘル」国、すなわちクラゲのように海の上にゆらゆらと漂う国土として意識されてきた。地震、津波、噴火、地滑り、山崩れ、雪崩、洪水、そうした天変地異は、日本という国の宿命ともいえるもので、そんな国土が嫌なら引っ越すほかないのだが、地球上に“一億総難民”を引き受けてくれるところなどない。

(作品社・2600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

『大変を生きる』は、そんな国土に住む日本民族が、いかに大災害に遭い、それから逃げ、逃げ遅れて死傷し、それを諦め、忍従してきたかを、日本文学の古典から現代文学まで渉猟し、博捜してまとめた「日本災害文学史」である。これまで、そうした文学史がなかったことが不思議と思えるほど、日本の文学の歴史は、天変地異に満ち満ちている。

『方丈記』から幸田文、吉村昭、村上春樹に至るまで、日本人は何とケナゲにこうした大災害と向き合ってきたことか。驚くというより、呆(あき)れかえるというのが正直な感想だ。吉村昭が丹念にルポルタージュした三陸海岸大津波は、決して“想定外”のものではなかった。40年、あるいは80年ごとに、三陸海岸には大津波が押し寄せ、多数の死者と行方不明者が出ている。

しかし、日本人はこうした“あやまちを繰り返し”ながら、“忍び難きを忍び耐え難きを耐えて”“黙って事変に処した”。これは天災に当たっても戦災に当たっても変わらぬ日本民族の特徴(特長)である。遠くは広島・長崎の原爆災害にも、近くは東日本大震災と福島原発災害にも。

著者の実家の一部には、床から約1.7メートルのところに、一筋の薄い線が走っていたという。新築家屋や高層マンションならいざしらず、古い木造建築の日本の家ならば、一つぐらいはそんな災害の傷跡が、どこかに遺(のこ)っているものではないだろうか。柱のここまで床上浸水した、玄関のここまで床下浸水した、門のここまで津波が押し寄せた、外壁のここまで火山灰が降り積もった……。

天災と戦災は、いつも忘れた頃、油断した頃にやって来るのだ。

それにしても、天災を奇貨として、生活や思想を鍛え直し、社会の再建と新たな発展に力を注いだ先人がいた。西村伊作や寺田寅彦の章を読むと、日本人も捨てたものでもないと思わざるをえない。天災も人災も、これに力をもって抗(あらが)うのではなく、ブーメラン思考で、自らの精神と生活の伸張を促す機縁とすることは不可能ではないのだ。

(文芸評論家 川村 湊)

[日本経済新聞朝刊2016年1月17日付]

大変を生きる――日本の災害と文学

著者 : 小山 鉄郎
出版 : 作品社
価格 : 2,808円 (税込み)

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