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バッテリーウォーズ スティーヴ・レヴィン著 米蓄電池ビジネスの過剰な熱気

2016/1/17付 日本経済新聞 朝刊

 2008年のリーマン・ショックで世界経済がメルトダウンしたとき、人類は次世代電池に夢をみた。電池の進歩で、20年に電気自動車とハイブリッド車の市場規模は780億ドル(約10兆円)になると予言された。太陽光発電をそこに貯蔵できれば、売り上げはさらに数百億ドル増える。石油が不要になり、都市の大気汚染が消え、世界が地政学的に揺らぐとも伝えられた。その後、どうなったかに答えるのが本書である。

(田沢恭子訳、日経BP社・2000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 蓄電池の原理は至って単純。放電のときに正電荷を持つリチウム原子が、負極から正極へと移動する。だから、リチウム原子を反対に正極から負極へ移動させれば蓄電ができる。基本的に電池の性能は、電極に使う素材、リチウム原子が通る電解質の種類の組み合わせで決まる。開発競争では、容量を増やし、安全性・安定性を高め、量産コストを下げることを目指した。 米アルゴンヌ国立研究所は、ニッケル・マンガン・コバルトを組み合わせた複合素材を突破口に、次世代電池に挑む。その技術に着目した新興企業エンビアは、同研究所とライセンス契約を結び、商業化に動き出した。エンビアは、電池の経済性を1年半で半分以下のコストにする野心的な目標を掲げる。多数のベンチャーがエンビアを買収して将来、高値でさやを抜こうと活動した。オバマ政権が15年までに米国内で100万台の電気自動車を走らせると宣言したことも、熱気を後押しした。

 ところが、技術進歩は早々に壁に突き当たる。充電を繰り返すと、電圧が下がる放電電圧の劣化が起こったのだ。課題は時間が経過しても十分に解決されなかった。この種の停滞は例外ではない。電気自動車には原油下落で燃費の節約分だけでは高価な車体価格を回収できないというハードルも立ちはだかった。多くのベンチャー投資が、研究開発の次の段階に移行できずに資金不足に陥って頓挫する。

 物語はアルゴンヌ研究所が曲折を経て、米エネルギー省のコンペで勝利し、共同開発のパートナーになって一歩を踏み出すところで終わる。まだ次世代電池は発展途上だとしても、開発への期待は過剰だった。リーマン・ショック直後の電池開発の熱狂には、従業員、サプライヤー、株主、政府、市民に対し、前向きなモチベーションを持たせる建前があったという。翻って、わが国でも経済停滞を抜け出す便法のようにイノベーションが多用されているからこそ、私たちは反面教師としてこの事例に学ぶ意義がある。

(第一生命経済研究所首席エコノミスト 熊野 英生)

[日本経済新聞朝刊2016年1月17日付]

バッテリーウォーズ 次世代電池開発競争の最前線

著者 : スティーヴ・レヴィン
出版 : 日経BP社
価格 : 2,160円 (税込み)

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