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光のない海 白石一文著 一人称で語る男の生のあり方

2016/1/10付 日本経済新聞 朝刊

語りがうまいなあと、読みながら惚(ほ)れ惚(ぼ)れとしてしまった。

(集英社・1750円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

建材会社社長の一人称一視点で、名刺の整理から始まり、水甕(みずがめ)ボトルの販売員の名刺に目をとめて連絡をとり、食事をして……と淡々と日常を語るとともに、自分を育ててくれた先代の女社長との出会い、その娘との結婚・離婚も明らかにしていく。よくある話かなと思っていると節々で驚くことになる。すべてを一気に語らないのだ。

興趣をそぐので詳しく紹介はできないが、社長に就任して10年目を迎える50歳の高梨修一郎が、取引先の粉飾決算による経営危機に翻弄されながら、自分を含めた様々な家族(販売員と祖母の生活、および販売員と師匠の関係、さらにある秘密を抱えた会社の管理人夫婦)の問題を追及していく物語とはいえるだろう。

飲食の場面が多く、それがまた美味(おい)しそうで、日々の生活の喜びをあらわしているけれど、生活の裏側には一言では語られない苦悩と鬱屈があり、次第に過去の経緯がみえてくる。白石一文は、高梨と女性販売員との人生を合わせ鏡のようにして、情報を並べ替え、読者への提示の順序を考えぬいて、一つ一つの出来事を事件のように示す。いや、個人にとっては実際に事件なのである。ドラマが生まれ、それが駆動力となり、緊張感を高めて終盤へと向かう。いやはや大した巧(うま)さだ。

白石一文の小説なので、ここでも生きるとは何かを誠実に問いかけていて、実に力強い。いつもに比べスピリチュアルな部分を抑え、経済小説的な側面(銀行の陰謀やその影で暗躍する男との対立)を詳(つまび)らかにすることで、自分で選びとりながらも、何かに導かれていく生の有(あ)り方を多様に捉えている。

特に本書では、空中をとぶ蛇や、海のなかで輝く光のイメージを借りて、性的欲望とは異なる所にいる男の深層心理と、絶対的な孤独を抱え持つ人と人との繋(つな)がりと、彷徨(ほうこう)としての生を鮮やかに映し出す。“私という人間は、誰のことも幸福にできない”“守ってやることができなかった”という不安と罪悪感にみちた男だからこそ、他者の哀(かな)しみと寂しさをより深く我が身にひきつけ、まるでわが事のように対処するのである。

幕切れがやや曖昧なのが不満だが、抜群にコントロールされたストーリーテリング、陰影豊かな艶やかな女性像、強力なテーマ把握、そして箴言(しんげん)にみちた人生考察と読むに値する魅力がある。

(文芸評論家 池上 冬樹)

[日本経済新聞朝刊2016年1月10日付]

光のない海

著者 : 白石 一文
出版 : 集英社
価格 : 1,890円 (税込み)

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