わかれ 瀬戸内寂聴著老いと死、蹴散らすエネルギー

巻末の作者紹介をみれば瀬戸内寂聴氏は1922年生まれ、というと当年94歳。おどろくべき作家生命である。94歳にして新作を上梓(じょうし)するのは記録ではないだろうか。小島信夫の『残光』はまだ記憶にあたらしいが、たしか91歳。それを超えた。

(新潮社・1400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

今後こういうことは――とは、作家生命の更新が90歳代にしてなお生き生きと持続継続され、いずれ100歳に近付き、いや100歳をも突破するだろうということをいっているのだが――これは、一つの文運隆盛のすがた、超高齢化社会日本の理想形となろう。2000年に80歳近くでデビューした水村節子『高台にある家』の話題も思い合わせたくなるところだ。

「つくづく生き過ぎたなあと思います」などといってはいけない。これをいうのは全9編を収める本作品集『わかれ』のなかの秀作「道具」の作中人物であるが、生きるのに生き過ぎるなどありえぬはずではないか。だからだろう、このつぶやきにこたえて、瀬戸内氏自身を思わせる人物「私」がいう。「そんなこと言うても定命(じょうみょう)の尽きるまでは、死ねませんよ。義兄さんの定命は、きっと百を越えるんですよ」と。

とはいえ、義兄、享年92歳。「道具」は、この義兄に取材する私小説風の作品で、その一周忌、「子供の時から法事で顔を合わしていた人々は、すでにほとんどが鬼籍に入っていた」ともある。当然といえばあまりにも当然、人は遅かれ早かれ定命が尽き、わかれの時が来る。死ぬ日が来る。

本作品集の標題作「わかれ」の主人公は前衛芸術家と仮構されている。91歳の女性アーティストとの設定である。その設定のもと、いわば駆け足でこの女性の色ざんげが語られる。おおぶりに、おおらかに、死の影を蹴散らすように。

本作品集はこうした仮構設定の作品と私小説風の作品とで全9編、「道具」と並ぶ秀作は、「約束」であろう。吉行淳之介の思い出を語り、愛の無惨(むざん)と死の影に筆が届いている。武田泰淳の思い出を書いた「紹興」、日本赤軍の指導者重信房子を書いた「面会」の2編は瀬戸内氏の革命幻想と恋愛幻想を語ってストレートである。

革命を引きずり恋愛を引きずって死に直面する、いや死を受け入れる、そして時に恋愛と革命の位置は入れ替わり、そしてこじれる。深まる。本作品集の老いを蹴散らすエネルギーの力学はそのあたりにあるようだ。純文学こそは老いにたぎる心血。

(文芸評論家 千石 英世)

[日本経済新聞朝刊2016年1月3日付]

わかれ

著者 : 瀬戸内 寂聴
出版 : 新潮社
価格 : 1,512円 (税込み)