医療改革 問われる効果 混合診療や安全対策

2016年は医療を巡ってどんな動きがあるだろうか。未承認の医薬品などを併用できる「混合診療」が一部で拡大され、被災地復興の一助にと東北では医学部が新設される。相次ぎ医療ミスが発覚した高度な病院を巡っては昨年、医療の安全性向上のための方針が示された。画期的な新薬の優先審査、感染症対策……。始動した取り組みそれぞれに課題を抱える中、実効性が試される1年になる。

患者申し出で保険外併用 難病 負担軽減に期待

公的保険が利く診療と利かない診療を組み合わせる「混合診療」の新たな仕組みが4月に始まる。患者が医療機関の窓口を通じ、使いたい保険外の医薬品や医療機器について申し出ると、医師や患者団体の代表らでつくる国の会議が原則6週間以内に審査。一定の効果や安全性を確認すれば併用が認められ、難病を抱える患者らの負担軽減が期待されている。

この制度は「患者申し出療養」と呼ばれる。現在、保険診療と保険外を併用すると、保険適用部分も含めて全額自己負担になるのがルール。制度で認められれば、適用部分は原則3割負担ですむため、患者の自己負担を減らせる。

従来、混合診療は未承認薬で100カ所程度の高度な大規模病院にしか認められなかった。新たな制度は抗がん剤なら全国約400カ所が対象になる見込みで、身近な病院で治療できるようになりそうだ。

ただ患者側の受け止め方は複雑だ。「私たちが望んでできた制度ではない」。日本難病・疾病団体協議会の森幸子代表理事はこう指摘する。多くの患者団体はすべての国民が公的医療保険に加入し、軽い負担で治療できる「国民皆保険」の維持を望んでいる。新制度の対象になった治療が保険適用されないままだと「国民皆保険の空洞化につながる」(全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長)との懸念がある。

この制度は政府の規制改革会議に混合診療の解禁を求められ、厚生労働省が考えた妥協案という側面が小さくない。同省は従来、混合診療の拡大に慎重で、利用が促進されるかどうかは不透明だ。

東北薬科大に医学部新設 地域医療の体制に一石

今年4月には東北薬科大学(仙台市)が医学部を新設する。新設は1979年の琉球大から37年ぶりだ。千葉県成田市でも来年の医学部開設が検討されている。地方を中心に医師不足が叫ばれる一方、人口減少が確実の中で、今後の影響が注目されそうだ。

東北薬科大の医学部の定員は100人で、「東北医科薬科大」に名称を変える。新設は東日本大震災からの復興支援策として政府が特例的に認めた。被災地ではなお仮設住宅で暮らす人は多く、そうした場での健康管理のあり方など災害医療の学習に力を入れる。

医学部の定員は政府が73年に全ての都道府県に医学部をつくると決めたことを受けて急増した。その後、「医師が余ってしまうのではないか」との懸念から新設は禁じられた。

ただ患者のたらい回し問題など「医療崩壊」への批判が高まり、2008年度から既存医学部については定員が増員された。医師数は現在31万人強で、増加傾向が続いている。

医学部をつくれなかったのは日本医師会の反対が一因。医師は不足しておらず、「地域や診療科ごとの偏在が問題だ」(横倉義武会長)と主張してきた。

政府も将来の人口減少を見据え、20年度以降は定員減を検討している。そうした中での医学部新設は、地域の医療体制などの課題にどんな一石を投じるだろうか。

相次ぐ死亡事故 揺らぐ信頼 届け出義務、周知どこまで

医療の安全を巡り、2015年は大きく揺れ動いた。患者の死亡事故が起きた東京女子医大病院(東京・新宿)と群馬大病院(前橋市)について、厚生労働省は昨年6月、高度医療を提供する特定機能病院の承認を取り消した。取り消しは3、4例目、女子医大病院は02年に続き2回目だ。

厚労省は全国の特定機能病院を対象に集中立ち入り検査に着手。その結果を受け、死亡事例の報告・院内での検証や、第三者を含めた監査委員会の設置などを義務付ける事故防止対策をまとめた。

腹腔鏡手術を受けた患者が相次ぎ死亡した問題の最終報告で、謝罪する群馬大病院の野島美久病院長(中)ら(昨年3月、前橋市)

群馬大病院では14年まで、難易度の高い腹腔(ふくくう)鏡を使った肝臓手術で死亡事故が相次いだ。これを踏まえ、安全性が確立されていない手術を導入する際は倫理委員会などに諮ることも要求。女子医大病院で小児への使用が原則禁じられた鎮静剤の投与で男児が死亡したことから、薬剤師が医薬品の副作用情報を院内に周知することも求めた。厚労省は来年度以降、法律や政省令を改正する方針だ。

昨年10月にはすべての医療機関を対象に、診療行為に関連した患者の予期せぬ死亡を第三者機関「日本医療安全調査機構」に届けさせ、調査を義務付ける医療事故調査制度も始まった。11月末までの2カ月間の届け出は計45件。うち1件で院内調査の報告書が機構に提出されたという。

ただ機構側は届け出数が想定を下回っていると説明。「制度がなお十分に周知されておらず、調査すべき対象の判断にも苦慮しているようだ」とみている。

1999年に都立広尾病院で起きた医療ミスで妻を亡くした永井裕之さんは「届け出の多寡より、医療機関がしっかりとした院内調査をするかどうかが大事。遺族が十分に納得できるよう、調査に基づき丁寧な説明を尽くしてもらいたい」と話している。

有望な薬に「先駆け審査」 「時差」解消めざし まず6品で始動

最先端の治療薬を世界で最も早く患者の元へ――。昨年10月、こうした目的で創設された「先駆け審査指定制度」に6品が指定された。いずれも臨床試験(治験)の段階だが、終了すれば今年中にも優先的な審査が始まる見通し。これまで海外で承認された医薬品が国内で使えるようになるまで時間がかかる「ドラッグラグ」の問題が指摘されてきた。有効性や安全性を担保した上で、迅速な実用化へとつながるだろうか。

指定されたのは有効な手立てがない筋ジストロフィーの治療薬(日本新薬)や、短い服用期間で治療効果が見込めるインフルエンザ治療薬(塩野義製薬)など。医薬品の審査を手掛ける独立行政法人「医薬品医療機器総合機構(PMDA)」はそれぞれに担当者を置き、関係部署や厚生労働省との連携を強化する。これらで審査期間を通常の1年程度から半年に短縮する。

「早期の承認に向けて実務上の道筋が示された」。結節性硬化症に伴う腫瘍を抑える効果を見込む開発品が指定されたノーベルファーマ(東京・中央)の菅谷勉管理本部長はこう話す。

初回の審査には50品が申請された。ヒアリングなどを通じて点数化され、画期的と判断した6品に絞り込まれた。PMDAは疾患を分類して5つの部署で審査しており、それぞれが少なくとも1品を担当することになる。

審査期間の短縮の狙いについて、厚労省医薬・生活衛生局審査管理課の広元健一審査調整官は「海外ではなく、日本で先に開発してもらえるようにするため」と話す。

ただ次々に指定される訳ではなさそうだ。「これ以上、指定すると通常の医薬品審査に影響が出かねない。次回は少なくとも今回の6品が申請段階に進んでからになるのでは」(広元審査調整官)。制度の定着には時間がかかりそうだ。

危険な感染症どう防ぐ 解析施設、ようやく稼働

2015年は韓国で中東呼吸器症候群(MERS=マーズ)の感染が拡大し、近隣諸国に緊張が走った。日本にウイルスは持ち込まれなかったが、グローバル化で人の出入りが激しくなる中、どの国も感染症の脅威と無縁ではない。

国内では危険な感染症に対応するための施設がようやく動き出す。厚生労働省は昨年8月、国立感染症研究所の村山庁舎(東京都武蔵村山市)を日本初の「BSL(バイオセーフティーレベル)―4」に指定。レベル4はエボラウイルスなど致死率が高い病原体を扱える高度な安全設備を持つ施設で、先進7カ国(G7)で稼働していないのは日本だけだった。

1981年に完成したが、住民の反対などがあり、扱う病原体の危険性が1段低い「レベル3」の施設として利用されてきた。今後は国内での患者発生時に危険性の高いウイルスを生きたまま解析し、種類や感染経路の特定に役立てる。

付近には学校や住宅があり、不安が残る中で厳重な管理が求められる。レベル4は専用の防護服を着て自由に動ける「スーツ式」が世界の主流。対する村山庁舎は「グローブボックス」と呼ぶ密閉された箱に手を入れてウイルスを取り扱い、自由が制限される。長崎大がワクチン開発などに使用できるスーツ式の新設を目指すが、稼働目標は数年先。ウイルス研究を海外に頼る状況は続きそうだ。

(平野慎太郎、山崎純、山崎大作)

[日本経済新聞朝刊2016年1月3日付]

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