大動脈瘤、潜むリスク 自覚症状なく突然破裂・解離
画像検査で発見も/血管内治療が普及
大動脈は胸部で直径が3~3.5センチメートル、腹部で2~2.5センチある。血管は内側から内膜、中膜、外膜の3層構造になっており、高い圧力がかかっても簡単に破れないようにできている。
しかし、動脈硬化などが原因となって大動脈の一部が瘤状にふくらんでしまうことがある。これが大動脈瘤だ。また、血管を構成する内膜が穴が開き、そこに血液が流れ込んで中膜がはがれてしまうのが大動脈解離だ。解離性大動脈瘤と呼ぶこともある。
こうした現象はいずれも目立った自覚症状がなく進む。このため「サイレントキラー」と呼ばれる。東京医科大学の荻野均教授は「大動脈瘤の主な原因は高血圧と動脈硬化だ」と指摘する。血管壁がもろくなるなどした結果、血液の流れによる圧力の影響で膜に傷がつき、瘤になると考えられている。動脈硬化は年齢とともに進むため高齢男性などで発症しやすい。
ただ誰でも起こる可能性がある。「動脈硬化が進んだ高齢者より血管が硬くなっていない若年層の方が解離が発症すると重症になることが多い」(荻野教授)。たとえばこんなケースだ。
40代の会社員Aさんは資格取得に向けて寝不足をおして勉強をしながら、年末の業務を慌ただしくこなしていた。仕事で重い荷物を持った際に胸に強い痛みを覚え、あっという間に気を失った。同僚が発見して救急車を呼び、病院に運んだ。
最初は心筋梗塞を疑ったが、大動脈解離であることが判明。簡易型の人工心肺装置を取り付けて緊急手術を実施、血液の流れを変えるバイパス手術を実施した。心停止した心臓が動くまでに回復したが、残念ながら1週間後に亡くなったという。
Aさんは隠れ高血圧の可能性はあったものの、肥満ではなかった。「血管が軟らかいことが逆に災いするケースがある。解離がいったん始まると裂ける部分が大きくなってしまう」と荻野教授は説明する。
大動脈解離と関係が深い病気もある。その一つが身長が高く、手足が長いマルファン症候群。約5000人に1人の割合でいるとされる同症候群は4分の3が遺伝が関係する家族性で、残りが突然変異によるものだ。同症候群の人でせきが止まらないというのでコンピューター断層撮影装置(CT)を使って調べたところ、大動脈解離が見つかった例もあるという。大動脈瘤もできやすい。
大動脈の病気は「運動中に起こりやすい」と指摘するのは自治医科大学付属さいたま医療センターの安達秀雄副センター長だ。運動時は血圧の変動が平常時よりも大きくなる。こうした点が引き金となっているとみられる。
中高年が親しむスポーツの代表例であるゴルフのプレー中に起きるケースなどが目立つという。「明確な根拠はないが、クラブを振るときの体をひねる動きによって血圧が上がるためではないか」と安達副センター長は推測している。
治療しないと命に直結する病気にどう対処すればよいのか。瘤が破裂した後の緊急手術による救命率は10~20%とされるが、実際は手術に至る前に死亡している人もいるとみられる。
毎年の健康診断や人間ドックなどの画像検査で瘤が見つかれば、手術を実施して破裂という最悪の事態を避けることも可能だ。他の病気の検査などで偶然見つかる例も多い。高血圧や動脈硬化を指摘されている人は健診などをきちんと受けることが大切だ。ただ、解離の発症予測は難しいケースが多いという。
瘤が見つかった場合でも、瘤ができる箇所や形状、大きさによって手術に踏み切るかどうか対処は異なるため、専門医に相談することが重要だ。
手術は瘤や解離した部分を、人工血管で置き換える手法が一般的。開胸や開腹による手術、「ステントグラフト」という器具を入れる血管内治療などがある。
胸や腹を開く手術は患者の負担も大きいが、実績も多い。一方、ステントグラフトは足の付け根の動脈からカテーテル(細い管)を使って瘤のある場所に送り込む。そこで器具が広がって大動脈の壁に張り付くように固定される仕組みだ。患者の負担は小さいものの、比較的新しい手法のため、長期で見た効果の検証などが求められるという。
大動脈の病気は確実に予防できるわけではないが、生活習慣にも気を配り、リスクをできるだけ減らすようにしたい。バランスのよい食事や適度の運動を励行すれば、動脈硬化の進行を遅らせることができる。リスクを上げる高血圧や脂質異常症、糖尿病などに気を付けるとともに、飲み過ぎを避けてたばこも吸わないことが重要だ。
運転中の発症 事故リスクに
元気な人が突然発症して意識を失う事例の多い大動脈の瘤の破裂や解離は、自動車の運転中に起きると大事故につながりかねない。
自治医科大学付属さいたま医療センターでは1990~2014年に実施した約600例の急性の大動脈解離の手術のうち、8例が車の運転中に起きていた。6例は意識があり自分で車を止めて大事故に至らなかった。残りの2例では同乗者が車を止めて大事に至らなかった場合と交通事故を起こした場合があった。
同センターの安達秀雄副センター長は「高齢の運転者が増えており、運転中に起きる例が続くだろう」と指摘する。現在、国内外で自動運転車などの運転支援技術の研究開発が進んでいるが、運転者の健康状態を監視する技術などもポイントの一つになっている。
(新井重徳)
[日本経済新聞朝刊2015年12月20日付]
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