マイ・ファニー・レディ
黄金時代に捧げる喜劇
『俺たちに明日はない』など「アメリカン・ニューシネマ」が猛威をふるった1970年前後、ピーター・ボグダノヴィッチ監督の撮った『ラスト・ショー』や『ペーパー・ムーン』は、古き良きハリウッドへの上質のノスタルジーで映画ファンをやさしく慰めた。
あれから40年以上経って、本作はボグダノヴィッチの久々の新作。ハリウッド黄金時代に捧(ささ)げた荒唐無稽なスクリューボール・コメディ(奇人変人が演じる恋愛喜劇)である。
コールガールのイジーは舞台公演のオーディションを受ける。そこで演出家を務めるアーノルドは、彼女の客だった。しかも、脚本家のジョシュアがイジーに一目惚(ぼ)れしてしまう。さらに、イジーの上客の裁判官が探偵を雇って彼女をつけ回すが、その年老いた探偵は脚本家の父親だった…。
練りに練られた複雑な物語がすごい勢いで展開し、会話の洪水、その速いテンポが、こんな偶然あるわけないという観客のツッコミを許さない。こうした乗りの良さが、まさに黄金時代のハリウッド製喜劇を髣髴(ほうふつ)させる。あけすけなセックスの話題を扱いながら、セリフとほのめかしによる間接的な描写で処理するところもその流儀だ。
そして、ミュージカルの王様、F・アステアの歌で始まり、終わることが示すように、現代からは失われたソフィスティケイション(高度な洗練)が本作のめざすところであり、その試みはかなり成功している。
製作者に、現代アメリカの最も才能ある若手監督、ウェス・アンダーソンとノア・バームバックが名を連ねていることにも驚かされる。若い世代の間では、ボグダノヴィッチのスタイルが再評価されているのだ。
ラストである人物がルビッチ監督作品に関して種明かしを行うが、こうした楽屋落ちも映画好きにはたまらないスパイスとなるだろう。1時間33分。
★★★
(映画評論家 中条 省平)
[日本経済新聞夕刊2015年12月18日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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