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《原爆の図》全国巡回 岡村幸宣著 画家も帯同した占領下の旅路

2015/12/16 日本経済新聞 朝刊

広島原爆の惨状を描いた丸木位里・赤松俊子夫妻共作の「原爆の図」が、1950年に発表されていらい、約4年間にわたって全国170カ所を巡回した足跡を、当時開催にかかわった人びとの証言と資料によってつぶさにあぶり出した入魂のドキュメントである。

(新宿書房・2400円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

数ある原爆をテーマにした絵画のなかでも、夫妻の描いた「幽霊」「火」「水」「虹」「少年少女」5部作は、位里(水墨画)俊子(洋画)という異域の表現者が共作した点、初期の巡回展には夫妻自ら帯同し、「解説(語り)」を受けもったという点でも異例だが、何より著者は、その巡回展がまだ連合国軍の占領下にあった1950年代初めに行われたことに瞠目(どうもく)する。米ソ両国が核兵器の開発を競い、日本国内でも原爆被害を伝える言論に制限が加えられていた時代に、酸鼻をきわめる勤労奉仕隊の被爆者群像を描いた絵(「幽霊」他)が全国行脚し、何と約1年半のあいだに102万人余もの鑑賞者をあつめたというのだ。

著者が本書を書くきっかけになったのは、1枚の古びた写真との出合いから。それはかつて北海道美唄(びばい)でひらかれた「綜合原爆展」の集合写真で、著者はそこから、それまで伝説化されていた道内における「原爆の図」の航跡を追いはじめる。画家帯同のもとに行われた初期巡回展から、北大生ら有志による第2期北海道展へとすすんだ巡回展は、やがて美術評論家ヨシダ・ヨシエ氏、元美術教師の野々下徹氏の手に受け継がれ、以後2人は「原爆の図」の入った木箱を背負って、東日本から西日本各地へと「巡回展」流れ旅を敢行する。

過密になった巡回展のため、途中の何カ所かには「原爆の図」の模作が出品されたとか、「本当のピカはこんなもんじゃない」といった被爆者の声をあびたとか、結果的に同作が「原爆反対」とともに「平和利用」の喧伝(けんでん)の役を担った面があるとか、かならずしも平坦(へいたん)ではなかった巡回展の旅路が、今や世界展開するまでにいたった重い轍(わだち)をのこしたことにも感動するが、本書に通底するのは、現在「原爆の図」丸木美術館(埼玉県東松山市)の学芸員をつとめる著者の、つきることない「原爆の図」への敬愛と、同作の全国巡回に骨身を削った先導者たちへの畏敬の念だろう。

とりわけ、丸木夫妻と深く交流、「原爆の図」の制作現場に立ち会い、自らモデルもつとめ、巡回展に魂を燃やしたヨシダ・ヨシエ氏の行動力には、昨今の「美術」が喪(うしな)ってきた評論の本源を問うものがある。

(信濃デッサン館館主 窪島 誠一郎)

[日本経済新聞朝刊2015年12月13日付]

“原爆の図”全国巡回―占領下、100万人が観た!

著者 : 岡村 幸宣
出版 : 新宿書房
価格 : 2,592円 (税込み)

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